灰色の街とひかり揺らめく水面
2024年8月30日(金)
AM 7:40
僕は今、台風による間引き運転の影響で鮨詰め状態になった車両の中にいる。
うん、生きていると想定外のストレスに見舞われることは、もはや人生のデフォルトと言っていいのかもしれない。
けど、いつもなら、眉と眉の間に入る縦皺も今日は何故か入ってなくて、むしろ花の子ルンルンな気分なのは、明らかに昨晩の出来事のおかげだろう。
何があったか?
一言で言うと、僕の大好きな友人と久しぶりに再会を果たしたのだ。
まだ記憶もフレッシュだから、気づいたら昨日の楽しかったやり取りが勝手に自動再生されてくるというわけ。
ぽわわわ〜ん!
「N.O.T.Eさんと違って、僕、表情筋がほとんどなくて表情に乏しいから、第一印象はいつもクールでスカしたヤツって思われるんですよね」
「この前なんか、後輩から、◯◯さん、カッコいいですね、ではなくて、カッコつけた顔してますね、って言われたんですよー(泣)」
ギリシャ彫刻みたいな端正な顔立ちをしている彼だけど、確かによく見ると、さっきから彼の顔面の中で動いているのはその小ぶりな口元だけだった(笑)。でも、不服そうにとんがったその口ばしが可愛いなぁとか思いながら、僕は彼の話を静かに聞いていた。
そして、何よりもまるで田舎の男子高校生みたいに無邪気に屈託なく話す彼の姿を見ているうちに、
「ああ、今、この人は「ちゃんとした社会人」として振舞うために必要ないろんなガードや鎧を脱ぎ捨てて、素の自分で僕に接してくれているんだなあ・・」
ということが分かって、日々の暮らしの中で、どうしてもこんがらがり絡まりまくってグチャグチャになった僕の心の電源コードの群れがスルスルとゆるやかにほどけていく、そんな快感を覚えた。
しかし、そんな楽しい時間に限って、本当にあっけなく終わってしまうものだ。
そして、こんなこともうすっかり慣れっこなはずなのに、どうして別れ際はいつも少しさみしいんだろう。
まぁ、そんな気持ちはもちろんおくびにも出さずに、最後に僕が、子供が生まれたばかりの彼に向かって、
「お子さんが大きくなったら、小豆島にあるうちの別荘(=今は誰も住んでないじいちゃんの家)にいつでも遊びにおいでよ」
と完全にその場の思いつきでしかない提案をすると、彼は本当にこちらが恐縮してしまうくらい目をキラキラと輝かせながら、
「えっ!いいんですか?僕、瀬戸内海のあのゆらゆらと水面が煌めく感じがたまらなく好きなんですよねー」
と言ってくれたのだった。
AM 8:20
鮨詰めの電車からホームに押し出された僕は、そのまま周りの無表情な大人たちと一緒に改札を抜けて、小雨降る灰色の街を黒い傘を刺して歩いていた。
でも、心の中では、あの島の防波堤の先端に腰掛けて暮れなずむ瀬戸内の海をずっと眺めていた。
確かに、彼が言う通り、その水面はキラキラと美しい輝きを放っていて、いつもは饒舌な僕たちは息を呑んでただそれを見つめていた。