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やっと見つけたんだよな
3年前のある夏の日のこと
人影もまばらな夜の街を
8歳になる息子を後ろに乗せて
僕は自転車(ママチャリ)を漕いでいた。
確かカブトムシを捕りにちょっと遠くにある公園を目指していたんだっけ。
でも、どうしてだろう。
あのときのことを今だにこんなにも鮮明に思い出せるのは・・・。
そう、あのとき息子は、僕の背中に向かって不意にこんなことをつぶやいたのだった。
「どうして人は、自分がされて嫌なことは人にしないっていう、そんな当たり前のことすらできないんだろう・・・。」
彼のその発言はクラスメイトの子供たちに向けられたものだったのだけど、
僕はその言葉に思わずハッとしてしまった。
「大人の僕たちだって大差ないじゃないか」
そう思ったからだ。
そして、その一言がきっかけで、大げさに言えば、僕の人生観は180°変わったように思う。
それまでの僕は、根拠のない自分の才能に自惚れて、いつか他人が出来ないでっかいことをやってやろうという野心をずっと心の中に秘めながら生きていた。
そして、その野心を叶えるためなら、どんな犠牲も(それは愛する家族も例外じゃなく)厭わないって半ば本気で思っていた。
でも、このときの息子の言葉に込められた深いカナシミの感情を見過ごすことができなかった僕は、
彼のカナシミやシンパイをこれ以上、増やさないようにすることこそが
僕という人間が何よりも優先してやるべき、
そして、
きっと僕にしかできない
でっかいことなんじゃないか
そんな風に思ったのだった。
そして、その後、ほどなくして僕ら家族に、全く想像だにしなかった、そして、本当に筆舌に尽くしがたいほどの苦痛を与えたある災いが降りかかってきたのは、決して偶然ではなかったような気がする。
なぜなら、その1年以上に渡って続いたN.O.T.E家史上最大のピンチを何とかみんなで力を合わせて乗り越えられたのも、間違いなくあの時、僕が、
「他の誰かのじゃなくて、自分にとっての幸せって何だろう?」
という人生の命題について、ぼんやりながらも初めて真剣に考えるようになったからだと思うからだ。
そんな風に過去の記憶に思いを馳せた後、僕は、昨夜の出来事をしみじみと思いだしていた。
急な天候の変化で、雷鳴が何度も轟くような、ちょっとアブノーマルな夜だった。
でも、息子はその雷を怖がるどころか、この普段出くわさない珍しい現象を前にまるで子犬みたいにはしゃいでいた。
その姿にバカだなーと呆れながら、僕が
「お父さんの子供の頃は、カミナリ様にヘソを取られるって言われて逃げ回っていたけど、そもそもあの迷信ってなんだったんだろうね~」
と独りごちると、それを受けて妻が、
「私も小さいときはその迷信のせいでずっとカミナリから逃げ回っていたけど、あるとき覚悟を決めて、シャツをめくってカミナリに向かってヘソを突き出したんだよね。でも、ヘソは取られなったから、それがきっかけで私はカミナリを克服できたのよ」
とちょっと得意げな顔をしながら話して、それっていかにも彼女らしいエピソードだから、そのときの彼女の姿をまざまざと想像できた僕は思わずプッと吹き出してしまった。
そして、そんな大人同士のやり取りなど全くお構いなしに、何の脈絡もなく、最近、自分がお気に入りのモノマネをぶっ込んでくる息子。
「闇商人ですね〜」
これが悔しいけど、なかなか似ているのだ
(ちなみに映画「キングダム」に出てくる王騎将軍(大沢たかお)のモノマネです)
ここまでですでに僕の心の中のあのゲージの針がどんどん上がっているのに気づく。
そして、いつものようにみんなでテレビゲームをして、息子とふたりでお風呂に入った。
髪を洗いたい、という彼を残して、この日は僕だけ先に上がった。
数分後、お風呂場から、
「お父さん、ちょっと来て〜」
とあの可愛い声が聞こえてくる。
そして、僕がお風呂場のドアを開けると、シャンプーの泡で髪の毛をカブトムシのツノみたいに固めた息子がニヤニヤしながら立っていた。
ツノの先がちゃんと二股になっているところがさすが昆虫博士の彼、芸が細かい(笑)
そして、その姿を見た瞬間、僕の心の中のあのゲージの針が右に振り切れたのが分かった。
あのゲージとは、もちろん
幸せのゲージ
のことである。
そんな僕は今、自信満々でこう言い切れる。
僕は齢50にして、ようやく僕だけの幸せのカタチを見つけることができたんだ
ってね。
だから、この先何があっても、
きっと僕は、
今までみたいに間違えることなく
ちゃんと自分が幸せになるためだけに
頑張っていけるだろう。
そしたら、こんな僕でも、いつの日か
自分がされて嫌なことは人にしないっていう、そんな当たり前のことを当たり前に出来る人間
になれるのだろうか。