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漆黒のメモリーと、桃色のメモリー
思いの外、長くなっちゃった旦那への、今の私の気持ち。
鬱の薬も継続中、止めたらきっとまた崩れやすくなっちゃうな~と確信あるからかな…
まだ記憶のなかに憎しみが残っている、書きながら感じました。
ほんとは今年じゅうにも、憎しみなんかは消化してしまいたいんだけど。
旦那にはたくさん変わってもらったし、彼自身ももがいて色々なものと戦っている。
洗濯や長男の朝の準備もしてもらって、朝起きられない私は、頼りぱなし。
なのに、「ありがとう」が素直にどころか、嘘でも湧いてこない、ほんとに薄情だねといわれても仕方ない。
いつかみたく「こんなにやってやってるのに」とキレて暴れてしまうことが、いつも潜んでる気がしてしまう。
行動の奥の気持ちを信頼することは、たぶん一生できないと思う。
いつも気持ちが構えていて、気を抜くということがどんな感じかわからない。
旦那への気持ちを書いたあと、いろんな過去がまた苦しくて、涙が出てきたけれど、同時に好きな人に会いたくて、声が聞きたくなって、それができなくて、悲しくなって、そんな涙に変わっていった。
お盆中は、家族で過ごす時間が多くて、気をかけるときはそこに集中するけど、ちょっと落ち着いたとき、すぐに思い浮かぶ存在。
数少ない記憶の断片を何度も思い出す。
芸能人の推しとは違う。
現実近くにいて、話したりできる愛しい存在がいて初めて、この切ない気持ちや愛しい気持ちに浸ることができるんだよな。
今度は来週に長男の処方があって、会える!かもしれない…うぅ、会いたい。
前回長男の時、お休みが続いてて(たぶん長期休暇ぽく…)いるかどうか観察し続けた結果、処方箋が切れちゃうから他の先生からもらうしかなく…悲し過ぎで何日か泣いた。
仕方ないけど、あの言葉を言ってもらった1週間後だったから気になっちゃうよね。
ただね、今度は私が手紙を渡すというアクションをしてから初めて話す機会…
え!?どう切りだそう…
こないだは一方的に渡してすみません、だろうか…
会話は推敲できないから、おかしなことを、おかしな意味を含んで話してしまいそう。
相手はスマートな社交辞令な言葉で終わってしまうだろうか。そうなら、仕方ないけど、ショックで白目剥きそう。
手紙、欲しい。
私も欲しいな。ダメ?
きっとこの日の空気感や何かしらの言葉で、粗方の答えを得るだろうなと思う。
だから、色んな覚悟を備える。
そして、私の走りすぎてる願望を回収して、いったん圧縮袋に収納しないと。
そうそう、私は44歳、まもなく45歳。
これから人生のいい時期を辿っていく彼には、信じる道を選び、希望を叶えたり、隣には大事な人がいたりしながらの幸せな日々を送って欲しい。
この思いは、例えば大好きで大切な親友に対しても同じ。
できるだけ笑っててほしい。
できるだけ悲しいことや、苦しいことは起こらないでほしい。
できるだけ元気でいてほしい。
会えなくても、そう願う。
会えないことに、不安にならない。
できることなら、そんな友達になりたい。
(会いたい気持ちが強めになりそうだけど、2ヶ月我慢したことあるし…!)
人柄もほんとのところ、わからない。
だけど、内緒で見ているインスタやあるジャンルで出てくるYouTube動画を見ると、とても穏やかそうで。
自然とかかわいいものとかきれいな景色とか、好きみたいで。
いろんなことに関心あるみたいで。
人と関わることが好きみたいで。
結婚する前の私と似ている。
30代前後はほんとにエネルギー循環がパワフルだよな~
そう考えると、あぁ私なんてこと考えてるんだろ…となってきたけどね。
このくらいのテンションのほうがいいかな。
そんなことを思いながら、これからSセンターに行ってくる。
たった1人の時間、ありがたく、自由になってくる。
遠くから、あのシルエットが見られるといいな。横顔が見られるといいな。
私ってば、ほんと、とんだひょっこり気質だな…
でも、こんなことできて、うれしい。