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チェスガルテン創世記【22】

第五章――あたらよ【Ⅱ】ーー


「色気を出して、こんなに荷物を増やしやがって。二月もの間、いったいどれだけの隊商を襲撃したんだお前達」

 日が傾きあたりがほの暗くなり始めた頃、三人の悪童たちが雪の上で膝をつかされていた。それぞれの脳天には、そろいのたんこぶが膨らんでいる。
 けが人相手にも容赦のない鉄拳が叩きこまれた為だった。

「褒められるとでも思ってたのか。それとも腕試しのつもりか。なんとか運べたとして、一気にさばけば足がつくだろうとは少しも考えなかったのか。極めつけはあれだ」

 カザドが顎でしゃくった先は、山道へと続いている。トルヴァとボズゥが捕まり、フェンリルが戦闘した方角である。

「身ひとつの輩を襲って、何が得られると思った? どいつか説明できるものならしてみろ」
「――こんなになったのは、最後の隊商が妙にでかい物ばかり置いてったせいだ」
「だからなんだ。自分は悪くないとでも言いたいのか」

 頭ごなしに叱る老人に、襲撃の指示役だったフェンリルはつい、言わずにいようとしていたことを口にしてしまった。

「そもそも忘れちゃいないか。こっちは二月も、閉ざされた雪山で生活してたんだ。二月だぞ。春ならともかく、こんなところでどうやって、七人分の腹を満たせっていうんだ」
「知恵を働かせてそこをどうにかやりくりするのが、年長者のお前の役目だろうが」

 しかしカザドは聞く耳を持たなかった。むしろ老人特有の理不尽さを振りかざした説教に、拍車がかかる。

「むやみやたらに、最も簡単な方法で手を打とうとしたから、天王てんおう様が獲物をお隠しなさったんだろうさ。川で魚を獲るなり、冬眠した獣を探すなり、本当にやれることはすべてやり尽くしたんだろうな? ええ、おい?」

 フェンリルは隠しもせず舌打ちした。
 こちらの苦労を知りもせず、自分の言い分を通そうとする。これだから年寄りは嫌だった。天王の名前を持ち出せば、なんだってまかりとおるとでも思っているのではないだろうか?
 いつまでもそれが通用するつもりでいるなら、大間違いである。

「頭を使わなかったことのばちが、今回の襲撃だったとでもほざくんじゃないだろうな。その天王サマとやらは、てめえが養い子を雪山に放置してたことについては、なんていってんだよ。この耄碌もうろくじじい」
「目上の者に対する口の利き方じゃないな。――どうやらまだ、折檻がたりないと見える」

 フェンリルが冷やかな怒気を纏い、カザドが拳を握る。並んで座らされている残りの悪童、トルヴァとボズゥは二人のやり取りに肝を冷やしていた。

(頼むからやめてくれ)

 はめたばかりの肩も、体も、充分に回復していない。こぶまでできたし、これ以上の痛い目は勘弁してほしかった。トルヴァは懇願の視線をフェンリルに送る。このままでは二人とも、噛みつくフェンリルのとばっちりを食いかねなかった。

「まぁまぁまぁ! そのへんにしときましょうや、カザド殿」

 睨みを利かせ合う二人に待ったをかけたのは、客人の一声だった。

「冬の雪山に子供らばかりで二月も。着の身着のまま生き抜くなんて、なかなかできることじゃあない。それもこんな地の民アマリ行き交う帝国のすぐ近くでだ。労いこそすれ、これ以上の説教はいらんでしょう。甥姪おいめいも元気だったし、頼もしい限りの若者たちじゃあないですか」

 伸ばした顎髭あごひげをふたまたのみつあみにした壮年の男は、明るい口調でカザドに言った。何ひとつ変わりないと思えたカザドだったのだが、今回は決定的にこれまでと違っていた。
 犬と狼だけではなく、大人の客人を二人も連れて戻ったのだ。しかもこのみつあみ髭の男――ケヴァンは、ダインとロッタの伯父であった。

「私も同じように思いますよ。今はなにより急いでこの場を離れるべきだ。奴らはもう一人いたという話じゃないですか。おい、そうだったな?」

 もう一人の客人がフェンリル達に訊ねた。こちらはカザドと同じく、髭のいっさいを剃り落とすかわりに刺青を彫った男で、エイナルと名乗った。
 フェンリル達よりも年上だが、ケヴァンほどに年はいっていない。二十代のなかばくらいだろう。
 彼らは明るさこそ違ったがどちらも金髪で、似た刺繍が施された衣服を身に纏っていた。

「あいつら四人組だったんだ。おれ達を捕まえたあと何か話しこんで、一人だけ山道を駆けていった」

 助け船とばかりに、トルヴァが急いで口を開いた。初耳の情報だった。フェンリルが目を見張ると、トルヴァは痛む肩をすくめてみせた。

「やっぱり、ダインから聞かされてなかったか」

 トルヴァの頭に、身振り手振りで要領を得ずまくしたてる、ダインの姿が思い浮かんだ。
 それではフェンリルが彼らの元に辿りついた時、すでに一人足りていなかったのだ。多少とは言え、こちらのことを知りえたけだものを取り逃がし、野に放ってしまった。歯噛みする事実だったが、今さらどうすることもできない。
 ケヴァンが訳知り顔で、うんうんと頷いた。

「おそらく奴らは帝国からの使いだろうなあ。一足先に抜けたそいつは伝令役だ。向かった先にきっと、女神の血族がいるんだろう」
「まさか――地帝ちていを出迎えにいく最中だったっていうのか」

 年かさの客人達にかしこまることも忘れて、フェンリルが声を張った。咎めるようにカザドが彼を睨んだが、エイナルは気にしなかった。

「いいや、地帝本人が帝国から離れることはまずありえない。だが、近代の地帝に近しい血族の誰かとみて間違いないだろう。こちらに来るまでの道中で聞いた話だが――長らく帝国を留守にしていたが、漫遊を終えて帰還するよう、地帝から命令が下った者がいるらしい」

 つまり彼らはいま、女神の血に連なる者のすぐ間近に潜んでいるのだ。どう考えても遭遇しない方がいい相手だ。知らぬ間に、よろしくない状況に陥っていた。

「なので、もう良いのでは。カザド殿」

 客人の最もな言い分にカザドはむっつりと押し黙る。叱ると決めたら、とことん叱りとばしてやらなければ気が済まない頑固な気質が、眉間の縦皺に、腕を組む仁王立ちに、これでもかというほど現れていた。

「彼らはけが人だ。拳骨ひとつが打倒でしょう」

 駄目押しの一言で、とうとうカザドが深いため息を吐きだした。

「――死体の処理は、俺とケヴァン殿、そしてこちらのエイナル殿で済ませておいた。獣が群がるまで、まだいくらか時間は稼げるだろう」

 お説教の終わりの気配を感じ取って、悪童たちはにわかに腰をあげた。だがそんな彼らに、カザドは鋭く言い放った。

「お前たちが戦ったあの地の民アマリたち。あれは帝国の――女神の戦士だ」

 トルヴァとボズゥがやはりかと目を配らせる。いち早く見当をつけていた彼らの一方で、フェンリルは胸の奥底がざわりとした。

(女神の戦士。あれが――あいつらが)

 フェンリルから全てを奪ったけだものの正体を、今度こそ彼は知った。

「奴らは女神と、その血族の為ならば死をもいとわない。本来ならばけして一筋縄ではいかない相手だ。だがお前たちが子供で、いかにもみじめで、何もできはすまいと侮られたから、こうして無事でいる。――わかるか? 今回は向こうの油断と、運に助けられただけだ。よくよく肝に銘じておけ」
「天王の次は運かよ。もういいか、時間が惜しいんだろ」

 悪態をついて今度こそフェンリルは立ち上がった。そうして返事を待たずカザドにそっぽを向き、天幕の側で彼らのやり取りを見守っていたヘルガに合流した。
 カザドはまだ言いたりない様子だった――しかし切り替えて、客人二人と移動についてどうするか、荷物の運び出しや野営についての相談を始める。
 一方のフェンリルはいらいらして仕方がなかった。いなければ人をやきもきさせ、いざ戻れば途端に腹立たしくなる。それがカザドという老人だった。


【次話】


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【らくがきとか】

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