チェスガルテン創世記【19】
第四章――襲撃【Ⅴ】――
新たな襲撃者により、仲間の一人が女神の懐に抱かれることになった。
挟み打ちにするように、戦士たちは同時に襲いかかる。一方は剣を振りあげ、一方は薙ぎ払うようにしながら。しかし彼らの剣は誰を捕えることもなく、お互いにかちあった。
剣と剣が打ち合う感触に、困惑する。どういう訳か天の民がいた雪上には、渦まきに削りとられた跡だけが残されていた。ひゅるひゅると渦巻く冷ややかな風に煽られながら襲撃者を探す。
その最中、先程捕えていた二人の天の民がぽかんと口を開け、空を仰いでいるのが目に留まった。
(敗北神にでも祈っているのか?)
この世から消えて久しい天王に救いを求めているのかと思ったが――そうではなかった。
『おい、あそこだ!』
仲間の声に仰いだ先を見て、戦士は一瞬相手が空を飛んでいると錯覚した。遙か高み、何も掴むものも踏みしだくものもない虚空に、それはいたのだ。
すぐに相手が跳躍したのだと理解したが、それは飛翔と錯覚するにたる程の隔たりだった。
その場の誰もが唖然とするなか、それは猫の子のように身を丸めた。着地の体勢に入るところだと気づき、戦士は我に返る。
翼のある鳥ではないのだ。当然、いつまでも耐空していられるわけはない。
同じく察した仲間とそれとなく目くばせをする。緩やかに落下してくるそれ目がけて、一太刀入れようと身構えた。空中では今度こそ避けようがないだろう。
(捕えるのは無しだ)
あれを処理した後で、逃げ出した残りの襲撃者を捕えることにしようと戦士は考えた。馬で逃げた者がいた。彼らを矢で射た者もいる。他にもまだ、仲間はいるはずだ。
(こんな所で我らと遭遇するとは、こいつらも運が無い)
敵うはずの無い相手を襲うぐらいなので、よほど飢えていたに違いないと戦士は考えた。血まみれになった銀髪の天の民が蹴られて吐いた物には、固形物が何もなかった。
雪山で頼る大人もなく子供ばかりで、無謀な行動に出ざるを得なかったのだろう。薄汚い成りをした天の民とは言えまだ子供。そう思えば同情できなくも無かった。
(だが女神の懐であるこの大地で、天の民が栄えることなど無い)
ふと、戦士は見上げた先で日の光に反射する何かを見た。それから短い風切り音がして――不意に戦士の視界の左側が、真っ暗になった。
「っ!」
突然走った激痛に思わず呻く。痛む左目を抑えると、指先が尖った物に触れた。戦士の左目に刺さったそれは毛皮の止め具だったのだが、その正体に誰も気づくことはなかった。
空から顔を背けた戦士を獣臭い物が覆った。毛皮だ。次に風切り音を伴いながら、何かが乗ってきた。すると今度は、右目のすぐ下の頬骨から口内にかけて、鋭い衝撃が走る。
血の味が、痛みが、顔面中に広がり、舌が薄くて冷やかな鉄臭い物に触れた。剣の切っ先だと気づいた途端、ずるりと刃が口内から引き抜かれる。腕でそれを振り払おうとするが、再び顔面を刺された。今度は上唇のあたりだ。舌も貫かれた。顔面を覆った毛皮が邪魔で、何も見えない。
振り払う。
けれども次から次へと執拗に刃が突き刺さる。
「!!!!!」
声を上げられない。
止めてくれと懇願しようにも、言葉にならない。
言葉は呻き声に飲まれてしまう。
戦士はもがく。
腕で顔面を庇おうとする。
だがもはや全てが遅い。
何かに襲われている。
誰が、何を。
見えない。
助けを。
わからない。
訳がわからない。
(あの天の民はどこへ行った?)
次から次へと襲いかかる刃から逃れらず、反撃もままならない。戦士はただただもがいた。
そうしていくらもたたぬうちに、女神の誇り高き戦士は雪の上でかすかに胸を上下させるだけの何者かになった。
自分が誰から、どんな目にあって命を落としたのか、最後まで理解できないまま。
【次の話】
【小説まとめ】
これまでの話がだいたい読めます。
【こちらでもお読みいただけます】
https://ncode.syosetu.com/n0860ht/
【らくがきなど】
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