チェスガルテン創世記【18】
第四章ーー襲撃【Ⅳ】ーー
これから起こることを声をあげずに最後まで見ていれば、助けてやろうと言った。
お前も小娘も助けてやろうと言った。
天王様と祈ったのは誰だっただろう。
助けてと叫んだのは誰だっただろう。
許してと懇願したのは、冷たい骸になったのは誰だったのだろう?
知らない。
見たくもない。
でも、黒い皮の外套を身に纏い房飾りのついた帽子を被った、あの獣たちのことを覚えている。
人の姿を真似た獣たちが人間のように剣を振るって、斬りつけてきたことを覚えている。
獣たちが次から次へと姉に覆いかぶさったのを覚えている。
姉がぼろきれのようになっていく様を、しっかりと見るように笑った。
あの笑い声を覚えている。
走れと兄が叫んだことを覚えている。
父の雄叫びを、母の悲鳴を覚えている。
ところどころで悲鳴があがっていたのを覚えている。
二人で走って、転んで、姉が足にけがをしていると気づいた。
流れる血を見て、おそろしくて情けなくて泣いてしまった。
すると姉は、首に下げていた物を渡して気丈に笑ってみせたのだ。
――二手に分かれて、ばらばらに走るの。
涙をたたえ宝石のように潤んだ、あの紫の瞳を覚えている。
――大事な物だから、ちゃんとあとで返すのよ。
ほら、ね?
約束したからもう大丈夫。
わたしたちは逃げ切れる。
とうさまもかあさまも、ヴィーダルだって大丈夫。
約束を交わした者を、天王様が引き裂くはずないわ。
きっと助けが来るはずよ。
それまで走るの。
天王様の息吹のあらんことを。
ね?
これでもう大丈夫。
だから走ってね――
走って。
走って走って。
無我夢中で走って。
走って走って走って。
たった一人で走り続けた。
悲鳴が聞こえて足が止まる。
たまらず引き返してしまった。
何もかもが悪い夢のようだった。
懇願も叫びも祈りも覚えている。
炎と、血の匂いを覚えている。
叫んだことを、覚えている。
獣の笑い声を覚えている。
獣の姿を覚えている。
悲鳴を覚えている。
助けは来ない。
神はいない。
どこにも。
……金の髪が花のように散って、紫の瞳が濁っていくのを見た。
絶望しながら殺されたことを覚えている。
今度はお前たちの番だ。
【次の話】
【小説まとめ】
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【らくがきなど】
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