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【note創作大賞2024応募作品】Monument(第1話)

【あらすじ】
 初夏にだけ繰り返される、不可思議な夢。
 その謎に導かれて故郷の町を訪れた毬野馨は、期せずして旧友、黛眞琴との再会を果たす。幼少期の出来事を辿る二人の話題は、やがて夭折した友、森ノ宮香澄との思い出に触れた。
 未だ拭い去ることのできない想いに、戸惑う毬野。
 一方で眞琴は、長年、胸に秘めた計画を毬野に打ち明ける。
 亡き友、香澄に捧げるべく、バラ園にクチナシを植えつけたい――誰ひとり知られることなく、密かに。
 難題に阻まれた二人の前に、旧友、麦谷啓太郎が加わり、突破口を見出した計画は、三人の手によって、ついに決行の日を迎える。
 が、そこには予期せぬ事態が待ち受けていた……


プロローグ

 レースのカーテンが綾なす、細波の窓辺に立てば、彼女は今日もここにいる。

 鍵盤を舞う、軽やかな両手。
 旋律を、なぞって揺れる長い髪。
 ほのかな花の香をのせて、心地よく吹く初夏の風。

 天窓は高く空を切り取り、そのパステルブルーのキャンバスを、一筆白く、飛行機雲が横切っていく。

 ピアノの上には、バラの花束。

 昼前の蒼い陽を浴びて、モノレールが往った。
 刹那、ひとひらの花びらが、風にまかれて空をたゆたう。

 いつとも知れず、いずことも知れず。
 なにもかもが曖昧でいて、なにもかも、なぜか懐かしく。

 ピアノは続く。

 遠く置き去りのままの、忘れもの。
 その在処を今も、探し求めて。

眞琴

 彼女の命日を、わたしは知らない。

 だから彼女の誕生日、わたしはここを訪れる。

 彼女が永久に眠る場所。
 お墓だって、わたしは知らない。

 代わりに彼女が夢に描いた、ここに花を手向け、両手を合わせる。
 焚いたお香は、彼女が愛したクチナシにした。


 鈍色の雲が垂れ込めた、日曜の夕暮れ。
 行き交う人々の目にわたしはきっと、交通事故かなにかで亡くした人を悼む姿と映っていることだろう。
 わたしがお参りしているのはモノレールの柱、その一本に過ぎないのだから。

 巨大な平均台みたいに、宙を走っていく線路。
 それは駅前ロータリーの真ん中から、にょっきり姿を現すと、ショッピングセンターの角を曲がって県道沿いに延び、六月の湿った空気に霞む、山襞の陰へと吸い込まれていく。

 終着駅は古くからある遊園地の正門だ。
 閉園してもう、ずいぶんになる。
 モノレールの往き来も、絶えて久しい。

 ただひとつ往時の面影を留めた、この線路ももうじきなくなろうとしている。
 取り壊しが決まったからだ。
 かすれかけたペンキで「23」と書かれた、この柱だって。
 そう、おそらくは跡形さえ残すことなく。

 ここへの墓参は、これが最後になるだろう。
 わたしには、やらねばならないことがある。


 頬に陽が射し、まぶたを解いた。
 目の前には、朱に照り映えた彼女のお墓。

 雲間から漏れた一条の陽が、わたしたち二人を包み込んでいた。
 ただただ、ひたすらに赤く。

 落陽は、その色合いを刻一刻と深くする。
 その荘厳な紅の中、わたしは誓った。

 「今度こそ、必ず」

 『――駅到着まで、今しばらくお待ちください。電車遅れまして、誠に申し訳ありません』

 車内放送で、まどろみから覚めた。
 夢をみていた。また、あの夢だ。

 列車は、鉄橋の上で停まっている。目的地は、もう目と鼻の先なのに。

 乾いたのどが、ひりついた。
 ペットボトルはバッグの中だ。
 腰を浮かせて、網棚のバッグに手を伸ばす。

 そのほんのわずかな隙をつかれて、いつの間にやら僕の座っていた席は、ランドセルの少年にちゃっかり占領されていた。

 黄色い帽子があと三つ、僕の傍らへと駆けつける。

 鼻筋のすっと通った女の子が僕に詫びると、その舌鋒は座っている少年に向かった。少年と女の子が繰り広げる小競り合いに、仲裁に入ろうとした男の子まで巻き添えになる。
 三人を見守る、大人びた黒髪の少女が、はにかんだ。

 微笑ましいはずの光景が、遠い昔の思い出に、ピントを結びそうになる。

 バッグを片手に車内を進み、空いていたドアの脇にもたれた。
 ペットボトルを、一口すする。

 『列車動きます。ご注意ください』

 窓の外で、ガラスに付いた水滴が、一斉に弧を描いた。


 到着した駅のホームで列車を見送り、改札を抜ける。
 モノレールの軌道は、まだ在った。
 橋脚に記された番号は「01」。

 この道行に、なにがあるのか、なにもないのか。
 いずれにせよ、これを辿れば、二十三番目でけりは着く。

 ほんのつかの間、丘の端にのぞいた夕陽が、橋脚の列に深々と赤く陰影を刻むと、とっぷり暮れた。
 街に灯りが、点り始める。

 ため息をひとつ。降り出した雨に、傘を広げて歩き出す。
 ポケットに手を突っ込んだまま。

(つづく)


第2話以降は、こちらからご覧ください。

第2話:【note創作大賞2024応募作品】Monument(第2話)|川良部逸太
第3話:【note創作大賞2024応募作品】Monument(第3話)|川良部逸太
第4話:【note創作大賞2024応募作品】Monument(第4話)|川良部逸太
第5話:【note創作大賞2024応募作品】Monument(第5話)|川良部逸太
第6話:【note創作大賞2024応募作品】Monument(第6話)|川良部逸太
第7話:【note創作大賞2024応募作品】Monument(第7話)|川良部逸太
第8話:【note創作大賞2024応募作品】Monument(第8話)|川良部逸太
第9話:【note創作大賞2024応募作品】Monument(第9話)|川良部逸太
第10話:【note創作大賞2024応募作品】Monument(第10話)|川良部逸太
第11話:【note創作大賞2024応募作品】Monument(第11話)|川良部逸太
第12話:【note創作大賞2024応募作品】Monument(第12話)|川良部逸太
第13話:【note創作大賞2024応募作品】Monument(第13話)|川良部逸太
第14話:【note創作大賞2024応募作品】Monument(第14話)|川良部逸太
第15話:【note創作大賞2024応募作品】Monument(第15話)|川良部逸太
第16話:【note創作大賞2024応募作品】Monument(第16話)|川良部逸太
第17話:【note創作大賞2024応募作品】Monument(第17話)|川良部逸太
第18話:【note創作大賞2024応募作品】Monument(第18話)|川良部逸太
第19話:【note創作大賞2024応募作品】Monument(第19話)|川良部逸太
第20話:【note創作大賞2024応募作品】Monument(第20話)|川良部逸太
第21話:【note創作大賞2024応募作品】Monument(第21話)|川良部逸太
第22話:【note創作大賞2024応募作品】Monument(第22話)|川良部逸太
第23話:【note創作大賞2024応募作品】Monument(第23話)|川良部逸太
最終話:【note創作大賞2024応募作品】Monument(最終話)|川良部逸太

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