哀しいホスト 第5話 初恋の切なさ
第5話 初恋の切なさ
ホストとしての生活が軌道に乗り始め、俺は次々と新しい女性客を担当するようになった。毎晩のように様々な女性たちと過ごし、彼女たちの悩みや愚痴を聞き、笑顔で接するのが俺の仕事だった。ほとんどの客とは、仕事としての関係が終われば、それで終わりだった。だが、その中で一人、俺の心に深く残る女性が現れた。
彼女の名はアヤコ。30代半ばの落ち着いた雰囲気を持つ女性だった。最初にアヤコが俺を指名したのは、ある静かな夜のことだった。彼女は他の客と違って、派手に騒ぐこともなく、静かにグラスを傾けていた。彼女の目には何か深い悲しみが宿っているように感じられ、その瞳が俺の心を捉えた。
「キク君、少し話をしてくれる?」
アヤコは穏やかな声でそう言った。俺はいつものように、彼女に寄り添い、話を聞くことにした。彼女の話は、仕事や家庭のこと、そして自分自身の孤独についてだった。彼女は成功したキャリアウーマンだったが、その裏で常に感じている孤独と虚しさを隠していた。
「仕事は順調だけど、なんだか心が満たされないの。何をしても空虚な気持ちが消えないのよ」
その言葉に、俺は自分自身の感情と重なるものを感じた。ホストとしての成功があっても、俺の心には常に孤独が付きまとっていた。だからこそ、アヤコの言葉は俺の胸に深く響いたのだ。彼女と過ごす時間が増えるにつれ、俺は彼女に対して特別な感情を抱くようになっていった。
アヤコとの時間は、他の客とは違って特別なものだった。彼女は俺に、ただのホストではなく、一人の人間として接してくれた。彼女の前では、無理に笑顔を作る必要がなかった。彼女もまた、俺に心を開いてくれたように感じた。次第に俺は、アヤコに対して本気の恋愛感情を抱くようになっていた。
しかし、ホストとしての俺には、客に恋をすることは許されなかった。仕事とプライベートを混同することは厳禁であり、もしそれがバレれば、店のルールを破ることになる。だが、それでも俺の気持ちは抑えられなかった。アヤコと一緒にいる時間が増えるたびに、俺は彼女に対する想いが強くなっていった。
ある夜、アヤコが店に来なかった時、俺は無性に不安になった。毎週欠かさず来ていた彼女が突然来なくなったことに、何か異変を感じたのだ。数日が過ぎても彼女は現れず、俺の心は焦りでいっぱいだった。
ようやく彼女が再び店を訪れた時、その顔には以前のような明るさが消えていた。彼女は静かに俺に告げた。
「キク君、私、もうここには来れないかもしれない」
その言葉に、俺は頭が真っ白になった。彼女の目には涙が浮かんでいた。アヤコは、長年付き合っていた恋人と結婚することになったのだという。その決断は、彼女自身が苦しみ抜いて出したものだった。
「あなたと過ごした時間は本当に楽しかった。でも、私は現実に戻らなきゃいけないの」
彼女の声は震えていたが、その言葉には決意が感じられた。俺は何も言えなかった。彼女の決断を尊重するしかなかった。彼女が俺にとってどれほど大切な存在であったかを伝えることができなかった自分が、ただ無力に感じられた。
アヤコが最後に店を去った夜、俺はその背中を見送りながら、心にぽっかりと穴が空いたような感覚に陥った。彼女を本気で愛してしまった自分が、ホストとしてのルールを破りそうになるのを必死で抑えていた。彼女が幸せになることを願いながらも、俺の心にはどうしようもない喪失感が残った。
アヤコとの関係は、俺にとって初めての本当の恋だった。だが、それは叶わない恋でもあった。ホストとしての仕事と、個人的な感情との狭間で揺れる俺は、再び孤独と虚しさに包まれることになった。
アヤコとの切ない別れは、俺にホストとしての仕事の厳しさと、愛することの難しさを教えてくれた。だが、それでも彼女との思い出は、俺の心の中でいつまでも色褪せることなく残り続けた。誰にも言わず、誰にも知られる事なく俺の初恋が終わった。
つづく