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毒親 第16話 毒親の変化

第16話 毒親の変化


翌朝、リナとカイは何事もなかったように朝の準備を進めていた。しかし、美和はリビングに現れず、自室から出てこないままだった。リナは母の反応が気にかかりつつも、心を乱されまいと努めて日常のペースを崩さないようにしていた。

「お母さん、朝ごはん食べる?」リナが声をかけると、部屋の中から短い返事が返ってきた。「いらないわ。」

リナは少しだけ眉をひそめたが、無理に関わらないことを選んだ。「分かった。」

しかし、カイはそんなリナの様子を見逃さなかった。「リナ、大丈夫?昨日のことが重くのしかかってるんじゃないか?」

リナは一瞬言葉に詰まったが、小さくうなずいた。「正直に言うと、少し気がかり。でも、これ以上振り回されないって決めたの。」

カイはリナの肩に手を置き、力強い声で答えた。「僕がいるよ。何があっても、君を守る。」

リナはカイの言葉に少しだけ心を軽くし、ユイを連れて幼稚園へと出かけた。

その日、カイは在宅勤務の日だったため、家で仕事をしていた。すると、リナがいないタイミングを見計らったかのように、美和が静かにリビングに現れた。

「カイさん。」彼女は冷たい声で切り出した。「少し話をしましょう。」

カイはその声に内心の警戒を強めながらも、椅子を回して彼女と向き合った。「どうぞ。」

美和は静かに座り、少しの間沈黙を続けた後、低い声で語り始めた。「私はね、あの子を自分の手で守らなければいけないと思っていたの。夫が家族を捨てたあの日から、私にはリナしかいなかった。」

カイはその言葉に耳を傾けながらも、慎重に返答した。「それでもリナさんが幸せでいられるようにすることが、本当に守ることではないですか?」

美和は鼻で笑い、カイを睨みつけた。「あなたには分からないわ。私はあの子に、間違いを犯させたくなかったの。だから、私は完璧な母親を演じたのよ。」

カイはその言葉に小さく息をつきながら反論した。「美和さん、リナさんが求めているのは完璧な母親ではなく、彼女の気持ちを理解してくれる母親です。」

その瞬間、美和の表情が一変した。怒りと悲しみが交錯したような目でカイを見つめると、静かに立ち上がり、部屋を出て行った。


リナが帰宅した夜、美和は夕食の場に姿を現した。リビングには一瞬、ピリついた空気が流れたが、美和が意外にも穏やかな声で話し始めた。

「リナ、今日少し考えたの。」

リナは箸を止めて、美和の顔を見つめた。「何を?」

「私がこれまであなたにしてきたこと。それが本当に正しかったのかどうか…。もしかしたら、私は間違っていたのかもしれない。」

その言葉にリナは目を見開き、カイも思わず箸を置いた。

「お母さん…?」リナの声は震えていた。

「ただ、私にはどうすればいいのか分からない。あなたを愛しているからこそ、手放すのが怖かったのよ。でも、あなたが望むなら、少し距離を置くことも必要なのかもしれない。」

その言葉はリナにとって驚きだったが、同時に美和が変わろうとしている小さな兆しのようにも感じられた。

「お母さん、ありがとう。でも、私たちが幸せになるためには、まずお母さん自身が幸せでなければいけないんだよ。」リナの言葉には、真心がこもっていた。

美和は何か言いかけたが、言葉を飲み込み、小さくうなずいた。その瞬間、家族の間に新しい風が吹き始めたようだった。

だが、これは毒親としての問題が解決したわけではなかった。美和の心の傷も、リナの苦しみも、まだ完全には癒えていない。それでも、家族として新たな一歩を踏み出すための、小さな希望が生まれた夜だった。

美和は翌朝、静かに姿を消した。


つづく

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