毒親 第51話 真実の扉
第51話 真実の扉
車内には静寂が漂っていた。カイと美和は、言葉を交わすこともなく時間が過ぎていた。外は冷たい雨が降り始め、フロントガラスを伝う滴が街灯の光で揺れていた。
カイは、中を確認すると数枚の書類が入っていた。それはリナに関する医療記録だった。そして、そこに記載されているある名前に目を止めた瞬間、カイは息を呑んだ。
「……これはどういうことですか?」カイは眉をひそめ、書類から目を離して美和を見つめた。
「リナの過去に関する真実よ。そして、それがあなたの今後にどう影響を及ぼすのかを知ってもらいたいの。」美和の声は冷静だったが、その瞳の奥には何かを押し殺したような痛みが見えた。
カイは深くため息をつき、書類を膝の上に置いた。「どうして今、こんなことを持ち出すんですか?リナの状態がどれだけ大変なのか、あなたも分かってるはずです。」
美和は視線を外さずに答えた。「だからこそよ。リナがこれ以上傷つく前に、あなたが知るべきだと思ったの。」
カイはその言葉に苛立ちを隠せなかった。「傷つく前に?こんなものを見せられて、俺がどう感じるか考えましたか?リナがこれを知ったらどうなるか、想像もつかないんですか?」
美和は一瞬言葉を詰まらせたが、毅然とした態度を崩さなかった。「リナが知る必要はないわ。少なくとも今はね。でも、家族を守るためにあなたが知っておくべきことなの。」
カイは再び書類に目を通した。そこには「田嶋」という医師の名前が繰り返し記載されていた。その名前は、以前サキが恐る恐る語った過去の中に出てきた人物と一致していた。
「……田嶋医師。この人がリナの治療を担当していたんですね。」
美和は頷いた。「そうよ。そして、彼は単なる医師じゃなかった。リナにとっても、サキにとっても。」
カイの心臓が大きく脈打つ。「どういうことですか?」
カイがハンドルを握りしめる車内、美和の次の言葉が重く響いた。
「田嶋は、過去にリナと深い関係を持っていたの。リナがあなたと結婚する前の話よ。」
カイの眉がピクリと動いた。「どういう意味ですか?」
美和はためらうように視線を外しながら、静かに続けた。「リナは田嶋と付き合っていたの。でも、彼には妻と子どもがいたのよ。そのことをリナが知ったとき、リナは別れを決意した。リナは自分を責めて、それ以上関わるのをやめたの。」
カイの心に疑念と驚きが渦巻いた。「リナが……?でも、なぜそんな話を今さら?」
美和はカイをじっと見つめた。「田嶋はそれを逆恨みしたの。リナが自分から離れていったことが、彼のプライドを傷つけた。そして、その復讐のためにリナに近づいた。」
「復讐……?」カイの声が低くなる。「それがリナの病気に関係しているというんですか?」
美和は深く頷いた。「田嶋はリナが結婚して幸せになったことを知り、それを壊そうとした可能性がある。リナが治療を受けることになったとき、田嶋が担当医になったのは偶然じゃないかもしれない。」
「そんな……!」カイは頭を抱え込んだ。「リナはそんなこと一言も言わなかった。」
美和は苦々しい表情で答えた。「リナはあなたを傷つけたくなかったのよ。そして、サキもまた田嶋に巻き込まれていたの。」
「サキさんも?」
美和はゆっくりと頷いた。「サキはリナが田嶋と付き合っていたころから、彼の診療を受けていたの。でも、その診療がどれだけ正当なものだったのかは分からない。田嶋がどこまで手を伸ばしていたのか……。そしてリナが彼から逃げることで、サキに何かしらの影響が及んだのは間違いない…。」
カイは深いため息をついた。すべてが絡み合い、事態はさらに複雑になっていた。
「つまり、田嶋はリナを追い詰めるために、わざと治療を妨げたり、間違った治療を施した可能性があると?」
美和は苦渋の表情で言った。「そうよ。その証拠はまだつかめていないけど……リナがこうなったのは偶然じゃないかもしれない。」
カイは強くハンドルを握り直した。「そんなこと、許せるわけがない……。」
外の雨が激しさを増す中、カイの中で決意が固まっていった。「俺が田嶋と話をつける。そして、リナもサキも守る。」
美和はカイの横顔を見つめながら、小さく頷いた。「だけど、気をつけて。田嶋はただの医者じゃない。彼は……危険よ。」
車内に張り詰める緊張感を切り裂くように、遠くで雷鳴が轟いた。カイは視線を前方に向けた。これ以上、大切な家族が傷つくのを黙って見過ごすわけにはいかないと、心に誓いながら。
つづく