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毒親 第39話 迫る影

第39話 迫る影


カイはリナが家にいると、美和の悪影響を受けると考えて、病院に戻ってもらった。
病室はいつも静けさに包まれていた。しかし、その静寂が穏やかなものではなく、どこか張り詰めた緊張感を伴っていることを、カイとサキは感じていた。

その日、カイは病室の窓際に座るリナと向き合っていた。リナはやせ細った手で薄いカーテンをそっと引き、外の空を見つめていた。

「青い空……きれいね。」リナが小さくつぶやく。

カイは穏やかに微笑みながらも、その言葉に少し胸が締め付けられる。「うん、リナが好きな空だ。」

「ねえ……カイ!?」

リナはゆっくりとカイに視線を向けた。その瞳には、今まで見せたことのないような深い決意が宿っていた。

「私、もう覚悟はできているの。」

カイの表情が強張る。「何を言ってるんだよ。諦めるなんて言わないでくれ。」

「諦めたわけじゃないよ。でも……私がいなくなっても、あなたとユイは大丈夫。……サキもいるし。」

「リナ!」

カイの声には怒りと悲しみが入り混じっていた。しかし、リナは優しく微笑んだ。

「あなたたちの未来が幸せであってほしいの。それだけが私の願い…。」

カイは何も言えず、ただリナの手を握りしめた。その手は驚くほど冷たく、彼の心に深い焦燥を植え付けた。


その頃、美和は自宅で何かを探るように、資料や書類を机に広げていた。

「……サキ……お前の存在さえなければ…。」

美和の目は狂気に満ちていた。手元には、サキの過去を調べ上げた資料や、カイとサキが一緒にいる写真が並べられていた。それは、彼女が自らの目的を果たすために集めた「証拠」だった。

「リナが弱っている今がチャンスよ……。カイからサキを引き離し、この家族を私の思う形に戻す。絶対に。」

美和の計画は、着実に実行に移されようとしていた。


その夜、サキは一人リビングで、ぼんやりと天井を見上げていた。頭の中にはリナの言葉が何度も響いていた。

『私がいなくなっても、あなたたちには幸せになってほしいの……』

「お姉ちゃん……。」

サキの胸の中には、後悔と不安、そしてカイに対する想いが渦巻いていた。

「私がここにいていいのかな!?……。」

その時、玄関のチャイムが鳴った。

「こんな時間に……?」

サキがドアを開けると、そこには美和が立っていた。

「お母さん……?」

美和は冷たい笑みを浮かべながら、ゆっくりと家の中に入ってきた。

「サキ……少し話がしたいの。」

サキは警戒しながらも、美和の様子に異様なものを感じ取っていた。

「話って……?」

美和はサキをじっと見つめ、静かに口を開いた。

「あなた、カイに何か隠してるんじゃない?」

「え……?」

「あなたがここに来てから、リナの病状は悪化し、カイもおかしくなった。……全部、あなたのせいよ。」

美和の言葉は、ナイフのようにサキの心を切り裂いた。

「そんな……私、何も……。」

「いいえ、あなたがいるから、この家は壊れたの。」

サキは涙をこらえながら美和を見つめた。「違う……私は……。」

「いいえ。」美和の声がさらに冷たくなる。「あなたが消えれば、すべて元通りになるのよ。」

その瞬間、美和が手にした小さな封筒をサキに突きつけた。「これは……?」

「あなたの過去を示す証拠よ。これが世間に出たら、あなたはどうなるかしらね。」

サキの顔が真っ青になった。「……お母さん……何を……。」

美和は勝ち誇ったように笑った。「カイのため、リナのため、ユイのためよ。あなたがこの家から出て行けば、すべて解決するの。」

サキの心は絶望で押しつぶされそうになった。だがその時、背後からカイの声が聞こえた。

「美和さん、もうやめてください!」

カイが険しい表情でリビングに入ってきた。

「カイさん……?」美和は一瞬驚いた表情を浮かべた。

「何をしてるんですか。サキさんは何も悪くない!」

「カイさん、あなた……まだわからないの?」

「いいえ、もうわかっています。美和さん、あなたがこの家族を壊そうとしているんだ。もうやめてくれませんか。」

美和の顔が引きつった。

「あなた……私を悪者にするの?」

「違う、そうじゃない……でも、これ以上サキさんを責めるのはやめてください。」

サキは涙をこらえながらカイを見つめた。そして、カイの強い視線に、美和は初めて言葉を失ったように見えた。

静かな部屋に、ただサキのすすり泣く声だけが響いていた。


その夜、カイとサキは並んでリビングに座っていた。

「ごめんね、サキさん。僕がもっとしっかりしていれば……。」

「ううん……お兄さん、ありがとう。」

サキの涙は止まらなかったが、その心には少しだけ、救いの光が差し込んでいた。しかし、この嵐はまだ過ぎ去ってはいなかった。

美和の破滅への道は、確実に近づいていたのだ……。


つづく

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