哀しいホスト 第13話 ホストを辞める過程での葛藤、仲間たちとの別れ
第13話 ホストを辞める過程での葛藤、仲間たちとの別れ
ホストを辞める決意をしたものの、その道のりは簡単ではなかった。店を辞めると宣言した瞬間、何かが大きく変わり始めるのを感じた。新宿の夜は俺に多くを与え、同時に多くを奪った。ホストとしての成功、仲間たちとの絆、そして華やかな生活。それをすべて手放すことの重さが、日を追うごとに俺の胸を締め付けた。
辞めると決めた翌朝、俺は一人で静かなカフェに座り、目の前に置かれたコーヒーを見つめていた。昨晩、ミサと話し、未来への一歩を踏み出す覚悟はした。しかし、その未来へ進むために、俺はこれまで築き上げてきたものをすべて捨てる必要があった。ホスト仲間、店のスタッフ、そして俺自身が築いた「キク」という存在。それを手放すことがどれほど苦しいかは、頭では分かっていたが、心がそれを理解するのは難しかった。
「本当に、このまま辞めていいのか……」
そんな考えが何度も頭をよぎった。ホストとしてのキャリアは、俺にとって誇りだった。それを捨てることは、自分の一部を失うことに等しかった。
翌日、俺は意を決して店のオーナーに辞めることを伝えた。オーナーは長年俺を支えてくれた存在でもあり、俺がナンバー1に上り詰めるまで多くのアドバイスをくれた男だ。
「オーナー、俺……辞めることに決めました」
その言葉を口にした瞬間、俺の胸は苦しさでいっぱいになった。だが、オーナーは予想外にも冷静だった。俺をじっと見つめ、そしてゆっくりと頷いた。
「キク、お前がそう決めたなら仕方ない。お前はもう、ホストとしては十分やりきったんだろう。だが、覚えておけよ。夜の世界を離れることは簡単なことじゃない。戻ってきたくなる時もあるかもしれない。その覚悟があるなら、俺は何も言わない」
オーナーの言葉は、俺の心に鋭く刺さった。ホストを辞めることがどれほど大きな決断なのか、そしてその決断の重みを、俺は再び痛感した。だが、それでも俺の決意は揺るがなかった。
そして、その日の夜、俺は仲間たちに辞めることを告げた。彼らとは長い間一緒に働き、競い合い、励まし合いながら成長してきた。ホストとしての俺を支えてくれた存在だった。
「みんな、俺……辞めることにした」
店の控え室で俺がそう告げると、瞬間的に静寂が広がった。仲間たちは驚いた表情を浮かべ、しばらく誰も言葉を発しなかった。俺がナンバー1ホストであり、彼らにとっても大きな存在だったことは、理解していたはずだ。
沈黙を破ったのは、同期のタケルだった。
「マジかよ、キク……お前が辞めるなんて、誰も予想してなかったぞ。何があったんだ?」
タケルは信じられないという顔で俺を見つめていた。彼は、俺がホストとしてここまで築き上げたものを知っているからこそ、その決断がどれだけ大きなものか理解していた。
「タケル、俺はもう限界なんだ。ホストとしての生活が……自分を追い詰めるだけになってきてる。これ以上、仮面をかぶり続けることはできないんだよ」
俺の言葉に、タケルは少しの間黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「分かったよ、キク。お前がそう決めたんなら、俺は応援する。でも……寂しくなるな」
その言葉に、他のホストたちも次々に頷いた。彼らもまた、ホストとしてのキクに憧れ、共に戦ってきた仲間だった。だが、俺がこの世界を去ることは避けられない事実だった。
「俺たちはこれからも頑張るけど、お前がいなくなると店の雰囲気も変わるだろうな。でも、キク……お前が選んだ道なら、後悔しないでくれよ」
仲間の一人がそう言って、軽く俺の肩を叩いた。その瞬間、俺の胸には感謝と同時に、別れの寂しさが広がった。
その夜、店を去る時、俺は新宿の夜の街を見つめた。ここでの生活は、俺にとってすべてだった。だが、これからは違う。俺は新しい道を歩む。それがミサと共に歩む未来だ。
夜の街に背を向け、俺は静かに歩き出した。これから俺が進む道には、数えきれない困難が待ち受けているだろう。しかし、ホストとしての過去を捨ててでも、ミサとの未来を選んだことに後悔はなかった。
つづく
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