毒親 第17話 離婚話を持ち出すリナ
第17話 離婚話を持ち出すリナ
美和は姿を消したのだが、美和の昨日の言葉はとても本心からだとは思えなかった。
その夜リナは、心が押しつぶされそうな思いでキッチンの椅子に座り込んでいた。夜の静けさが家全体を包み、聞こえるのは時計の秒針の音と、遠くで眠るユイの穏やかな寝息だけだった。リナの目の前にはカイがいたが、その優しい目は、彼女にとって痛みを伴う存在になっていた。
「カイ…」
リナは絞り出すように口を開いた。その声は、どこか決意と諦めが入り混じったものだった。「私…もう一緒にいられない。」
カイは驚いたように顔を上げた。「何を言ってるんだ、リナ?」
リナはうつむき、テーブルに視線を落としたまま続けた。「お母さんのことで、あなたもユイも、こんなに巻き込んでしまっているのに…私がこの家にいることで、みんなが苦しんでる。それがわかるの。」
「リナ、それは違う。」カイは優しくも力強く言った。「君が苦しんでいることが、僕たちにとって一番辛いんだ。君がいない方が幸せになれるなんて、そんなことを考えるのは間違っているよ。」
だが、リナは首を振った。その瞳には涙が滲んでいた。「カイ、もう耐えられないの。私の中でお母さんの声が消えない。あなたがどれだけ優しくしてくれても、私はお母さんの呪いから逃れられない。」
その言葉を聞いた瞬間、カイの中に熱い怒りが沸き上がった。それはリナに対するものではなく、リナをこうした彼女の母・美和に対してだった。美和がリナに押し付けた「完璧でなければならない」という呪いは、今やリナ自身のアイデンティティすら侵食している。
「リナ、君を苦しめているのは君自身じゃない。美和さんなんだ。」カイは意を決して、正面から言葉を放った。「君は母親の言葉に縛られているだけで、本当はもっと自由になれる。僕がそのための力になりたいんだ。」
しかし、リナは悲しげな笑みを浮かべた。「わかってる、カイ。でも、私にはもう希望が見えない。離婚して、あなたとユイが私から解放されれば、それが一番いいと思うの。」
その言葉は、カイにとって雷のような衝撃だった。彼は一瞬、言葉を失ったが、やがて絞り出すように言った。「離婚なんて冗談でも言わないでくれ。僕は君を見捨てたりしない。リナ、君は僕たち家族の一員だ。」
リナは涙を流しながらも、どこか固い決意を感じさせた。「カイ、私はお母さんと同じになりたくないの。でも、今の私は、あの人の影響を受けすぎていて、自分がどうすればいいのかわからない。あなたとユイまで傷つけてしまう前に、私が去るべきだと思うの。」
カイは深く息を吸い込んだ。「なら、僕たちで一緒に考えよう。離婚なんて、僕には選択肢に入らない。リナ、僕は君を救いたいんだ。」
その夜、二人の間には深い溝が横たわったままだった。カイは、リナがどれだけ苦しんでいるのかを痛感しつつも、彼女を救う方法が見つけられず、自分の無力さを感じていた。
一方、リナの心は、母親の影響とカイの優しさの間で揺れ動いていた。彼女の中には、家族を守りたいという思いと、自分自身を守りたいという思いが交錯していた。そして、その狭間で、リナは徐々に追い詰められていった。
翌朝、リナは母親の美和に電話をかけた。意を決したように言葉を切り出す。「お母さん、私たち…離婚するかもしれない。」
美和の声は電話越しに冷たく響いた。「やっと気づいたのね。そうよ、あんな男とは別れた方がいいわ。リナ、あんたがもっとしっかりすればいいだけの話なんだから。」
その言葉に、リナの中で何かが壊れたような気がした。
彼女の中で、母親の支配がさらに強まる一方で、カイやユイへの愛情との葛藤が激化していくのだった…。
つづく