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毒親 第26話 壊れゆく均衡

第26話 壊れゆく均衡


朝日が差し込む中、カイは昨夜ほとんど眠れなかったせいで、重い頭を抱えながらベッドから起き上がった。リビングからは、サキが朝食を準備する音が聞こえてくる。その日常の音に、どこか安堵する一方で胸の奥がチクリと痛む。


キッチンに入ると、サキが振り返り、「おはようございます。」といつも通りの落ち着いた声で挨拶した。けれど、その目にはわずかな陰りが見えた。カイも短く「おはよう」と返し、テーブルに座る。

食卓を挟んで向かい合う二人だが、言葉はほとんど交わされなかった。カイはコーヒーカップを手に取り、視線をテーブルに落としたまま口を開いた。

「…昨日は、悪かった。」

サキは一瞬手を止め、けれどすぐにまた動き始めた。「もうその話はしないでください。何もなかったことにしましょう。」彼女の声は震えながらも必死に冷静を保とうとしていた。

カイは何も言えず、ただ彼女の言葉を受け入れるしかなかった。しかし、心の中では自分を責める声が鳴り響いていた。


その日、カイは出勤する際、玄関先でユイの靴をそろえているサキを見た。小さな背中を気遣いながら幼稚園に送り出す彼女の姿は、どこか母親らしさすら感じさせた。だが、その光景がリナと重なり、カイの胸を締めつけた。

「行ってきます!」ユイが元気に手を振りながら家を出ていくと、玄関に残されたのはカイとサキだけだった。沈黙が続き、気まずい空気が流れる。

「じゃあ、行ってくる。」カイが扉を開けて外へ出ようとしたとき、サキが小さな声でつぶやいた。

「お兄さん…お姉ちゃんには、絶対に言わないでくださいね。」

カイは振り返らずに「わかってる。」とだけ答え、足早に家を後にした。


その日の午後、リナの病室では、医師との回診が終わり、リナが一人ベッドに横たわっていた。窓の外に目をやりながら、ふと家族のことを思い浮かべる。

「サキもユイも、元気にしてるかな…カイも無理をしていないといいけど。」リナは家族を思う気持ちを抱えながらも、どこか胸の奥に小さな違和感を覚えていた。

そのタイミングで、リナの携帯が鳴った。画面には「美和」の名前が表示されている。リナは一瞬ためらったが、意を決して通話ボタンを押した。

「もしもし、お母さん?」

「リナ、あんたが入院しているって聞いたけど、本当なの?」美和の声はどこか探るような冷たさを帯びていた。

「…そうよ。でも、大したことないわ。しばらく休めば良くなるから。」リナはできるだけ軽い調子で答えた。

「そう。じゃあ、あの家は今どうなってるの?誰が面倒を見てるの?」

リナはその質問に、一瞬戸惑った。「友達が手伝ってくれてるわ。カイもユイも元気にしてるし、心配しないで。」

「友達が?ふぅん…」美和は意味深な声を漏らした。その反応に、リナは不安を覚えた。

「何か言いたいことがあるの?」リナが尋ねると、美和は笑みを含んだ声で答えた。

「家の事なんか他人に任せて大丈夫なの?」

「お母さん!そんな言い方しないで。」リナは思わず語気を強めた。

「まぁ、気になるなら私が様子を見に行くわ。その方が安心でしょ?」美和の声には、余計な干渉をする意思が透けて見えた。

「それは必要ないわ。家のことは私たちでなんとかするから。」リナは冷たく言い切り、電話を切った。そしてカイに早速メールで『お母さんに、入院してるの気付かれたから、もしかしたら家に行くかもしれないから注意して!サキにも言っておいて。』と送った。


その夜、カイは帰宅してからも、美和が何か仕掛けてくるのではないかという不安にさいなまれていた。一方でサキも、リナに嘘をつき続けることの苦しさに耐えながら、日々を送っていた。

家族の間に広がるひび割れは、徐々に大きくなりつつあった。誰もがそれを感じながらも、目を背けてしまう。それぞれの心の中に渦巻く思いが、これから何を引き起こすのか!その答えはまだ、誰にもわからなかった。


つづく

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