毒親　第30話　嵐の前の静けさ

第30話　嵐の前の静けさ

サキがカイの家に戻ったその夜、家の中にはどこか重い空気が漂っていた。カイは夕食を準備しながら、サキに穏やかに話しかけたが、彼女の返事は短く、沈んだ声だった。ユイだけが無邪気に笑顔を見せ、家族の不安を和らげる唯一の存在だった。

サキはリビングで、カイとリナの結婚写真をじっと見つめていた。「私、本当にここにいてもいいのかな…」と心の中で問いかける。カイがキッチンから声をかけた。

「サキさん、無理しなくていいよ。美和さんのことは僕がなんとかするから。」

「ありがとう、お兄さん。でも、私がここにいるせいでお母さんを刺激してしまったのは事実だもの。」サキはうつむきながら答えた。

カイは彼女の隣に座り、真剣な表情で言った。「君のせいじゃない。むしろ、リナが君と再会できたことで、少しずつ癒されてるんだと思う。リナも君を必要としているよ。」

その言葉に、サキの目には涙が浮かんだが、同時に少しだけ肩の力が抜けたようだった。

その頃、美和は自宅で不穏な計画を練っていた。サキがカイの家に戻ることを予想していた彼女は、次の手段を考えていたのだ。「このままでは、リナもサキもやりたい放題だわ。」

美和は家族を救うという名目で、サキを家から追い出すために法的措置を検討し始めていた。彼女は自分の行動が正しいと信じ込んでおり、その執念はますます強くなって、正気を失っていた。

「明日、リナの家に直接行って、はっきりさせる必要があるわね。」

翌日、朝の光が差し込む中、サキはユイと一緒に朝食をとっていた。ユイはサキに嬉しそうに話しかけていた。

「サキおばちゃん、今日は何して遊ぶの？」

その純粋な笑顔を見て、サキの心は少しだけ癒された。「うーん、ユイがやりたいことを教えてくれたら、一緒にやるよ。」

カイがその様子を微笑ましく見つめていると、玄関のインターホンが鳴った。彼は不安を覚えながらも、ドアを開けた。そこに立っていたのは、やはり美和だった。

「お邪魔するわ。」美和は有無を言わせず家に入り、リビングに直行した。そして、サキに向き直り、鋭い目で問いかけた。

「サキ、いつまでいるつもりなの？」

サキは驚きながらも、少しだけ強い声で答えた。「お母さんには関係ないわ。迷惑をかけるつもりなんかない。」

「迷惑じゃないですって？」美和は冷たい笑みを浮かべた。「あんたがいることで、リナがどれだけストレスを感じるか考えたことがあるの？」

カイが割って入る。「美和さん、やめてください。サキさんはリナの家族です。僕たちは彼女を必要としているんです。」

美和はそれを聞き流すように、さらに追い詰めるような言葉を投げかけた。「サキ、あんたは自分で何か解決しようとせず、他人に頼りきりなのよ。それがどれだけ情けないことかわかっている？」

その言葉にサキの顔が青ざめ、肩が震えた。だが、その時、意外な人物が美和の言葉を遮った。

「おばあちゃん、もうやめて！」

それはユイだった。彼女は小さな体で美和の前に立ち、真剣な目で訴えた。「サキおばちゃんはいい人だよ。私、サキおばちゃんと一緒にいたい！」

その言葉に、部屋の空気が一瞬静まり返った。美和は驚いたようにユイを見つめ、言葉を失った。カイとサキもまた、その場に立ち尽くしていた。

美和の中で何かが揺れ動いたのか、彼女はしばらく黙った後、冷たい声でこう言った。「まだ終わったわけじゃないわよ。」

そして踵を返し、家を後にした。

その後、リビングには静寂が訪れた。カイはユイの頭を優しく撫で、「ありがとう、ユイ」と感謝を伝えた。そして、サキはその場に崩れ落ち、静かに涙を流した。

だが、これは嵐の終わりではなかった。美和の執念がさらなる波乱を引き起こすのは、時間の問題だった。家族の絆を試す試練は、まだ始まったばかりだった。

つづく