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7秒タイムマシン 第29話 静かな異変

第29話 静かな異変


レン、エミリ、そしてアヤカが元の世界に戻ってからしばらくの時間が経った。家族は再び日常の生活を取り戻し、以前のように平和で穏やかな日々を過ごしていた。だが、彼らの心の奥には、アルケンの世界での出来事が鮮明に残っていた。

ある日、レンはいつものように朝のコーヒーを飲みながら、庭を眺めていた。外は快晴で、風に揺れる木々の音が心地よかった。だが、何かが違っているような気がして、レンはふと眉をひそめた。

「何だろう、この感覚…」

レンは自分の中に湧き上がる不安を抑えつつ、コーヒーを一口飲んだ。窓の外に見える風景は、何も変わっていないはずだが、どこかに違和感を覚えていた。それが何なのかはっきりとわからず、心の中で引っかかっていた。

その日の午後、レンは街へ買い物に出かけた。いつもと変わらない道を歩き、見慣れた店に立ち寄ったが、そこで再び異変に気づいた。店の店員が彼を見つめる目が、少し冷たく感じたのだ。いつもは親しげに話しかけてくれる店員が、なぜか無言で商品を渡すだけだった。

「どうかしましたか?」レンは思わず尋ねたが、店員はただ微笑んで首を振るだけだった。

「いえ、何でもありません。ありがとうございます。」

レンは礼を言い、店を後にしたが、その時の違和感は消えなかった。まるで、自分が誰か別の人間になったかのような感覚だった。

家に帰ると、エミリがリビングでアヤカと遊んでいるのを見かけた。二人は楽しそうに笑い合い、その姿にレンは少し安心した。しかし、その安心感も長くは続かなかった。

「レン、あなた何か気づいたことある?」エミリが突然尋ねた。

レンは驚いてエミリを見た。「どうしてそう思うんだ?」

エミリは少し困ったような表情を浮かべた。「私、何かが違うと感じるの。特に変わったことが起きているわけじゃないのに、どこかいつもと違うような気がするのよ。」

レンはエミリの言葉に共感し、自分が感じていた不安を話した。「実は俺もなんだ。街へ行っても、いつもと同じ場所のはずなのに、どこか違和感がある。まるで、俺たちが戻ってきたこの世界が、完全に元通りじゃないかのように感じるんだ。」

エミリは深刻な表情で頷いた。「アルケンで賢者が言っていたことを覚えている?『過去をほんの少しでも変えると、その後の未来が必ず変わる』と…。もしかしたら、私たちが元の世界に戻ってきたけれど、それは完全に元通りの世界ではないのかもしれない。」

レンはエミリの言葉に思わず息を呑んだ。もし、本当に彼らが戻ってきた世界が何かしらの形で変わっているのだとしたら、それは一体どんな影響を及ぼしているのだろうか?

その夜、レンは寝室で目を閉じていたが、眠れなかった。頭の中には、過去の出来事や賢者の言葉が次々と浮かんできた。彼は何度も深呼吸をして、心を落ち着けようとしたが、心の不安は消えなかった。

「俺たちは本当に元の世界に戻れたのか…?」

ふと、何かの気配を感じたレンは、目を開けた。窓の外から微かな光が差し込んでいるのに気づいた。窓の外には、見慣れた月が輝いていたが、その隣に、もう一つの小さな光がぼんやりと浮かんでいた。

「何だ…これは?」

レンは驚いてベッドから起き上がり、窓に近づいた。小さな光はまるで幻のように揺れていたが、次第にその姿がはっきりとしてきた。それは、小さな月のような光だったが、色が薄紫色に輝いていた。

「これは…アルケンの月?」

レンは一瞬息を止め、目をこすったが、その光は消えずに浮かび続けていた。彼は心臓が早鐘のように打ち始めるのを感じた。

「エミリ…!」レンは急いでエミリを起こしにいった。

エミリもその光を見て驚愕した。「どうして…?ここは元の世界のはずなのに、アルケンの月が…」

二人はその異様な光景に立ち尽くした。彼らが戻ってきたはずの元の世界に、アルケンの影響が残っているのだとしたら、それが何を意味するのかを理解するのはまだ時間がかかりそうだった。

「レン…この世界、本当に大丈夫なの?」エミリが不安そうに尋ねた。

レンは彼女を抱きしめ、「わからない。でも、どんなことが起こっても、俺たちは一緒に乗り越えていく。絶対に。」と強く言った。

その後、二人はアヤカを連れてリビングに集まり、三人で不安な夜を過ごした。静かなリビングの中で、彼らは改めて家族としての絆を確認し合いながら、これから起こるかもしれない未知の未来に立ち向かう覚悟を決めた。


つづく


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