毒親 第25話 消せない夜の影
第25話 消せない夜の影
翌朝、リナが入院する病院の窓から見える青空は、彼女の心とは裏腹に澄み渡っていた。夜中にふと目が覚めたリナは、夢うつつの中で妹のサキとカイの笑顔を思い浮かべていた。どこか懐かしいが、胸を締め付けるような不安感も同時に覚える。「私がいない家で、みんなうまくやれているのだろうか?」リナはそう自問しながら再び目を閉じた。
一方、家ではサキが台所で忙しく立ち回っていた。リナの不在で彼女が家事を引き受けるようになり、自然と家の中心的な存在になりつつあった。朝の陽ざしが差し込むリビングで、ユイが元気に、「いってきまーす!」と元気に玄関を出て行った。その背中を見送りながら、サキは深いため息をついた。
昨夜の記憶が鮮明に蘇る。カイとの間で起きた出来事は、消したくても消えない痕跡となって心に刻み込まれていた。ソファで寝転ぶカイの姿を見るたびに、彼女の胸は苦しくなった。
「おはよう、サキさん。」カイがぼんやりとした顔でキッチンに現れた。サキは動揺を隠すように「おはようございます」と短く返事をした。彼が座るテーブルに朝食を並べながら、目を合わせないようにしていた。
「サキさん…昨日のこと、ちゃんと話を…」カイが低い声で切り出そうとした瞬間、サキは急いで彼の言葉を遮った。
「何もなかったことにしましょう、お兄さん。これ以上話すと、お互い苦しくなるだけだから。」声を震わせながらも毅然とした態度をとるサキ。しかし、その目には明らかに迷いと痛みが宿っていた。
「でも…」カイがさらに何かを言おうとしたが、彼女の冷たい表情にそれ以上の言葉を飲み込んだ。
その後の時間は、何事もなかったかのように過ぎた。しかし、家の中にはどこか張り詰めた緊張感が漂っていた。カイは仕事へ、ユイは幼稚園へ、そしてサキは再び家事に没頭する日常が戻ったかのように見えたが、二人の心の中では、昨日の出来事が大きな影を落としていた。
その日、リナの病室にサキが見舞いに来た。久しぶりに姉妹だけで会う時間ができ、リナは少し元気そうな笑顔を見せた。
「サキ、家のこと本当にありがとうね。あなたがいてくれるから、カイもユイも安心して過ごせると思う。」リナの言葉には感謝と信頼が滲んでいた。
しかし、サキの胸には言いようのない罪悪感が広がった。「お姉ちゃんがこんなに私を信じてくれてるのに…」心の中で何度も自分を責めたが、表には出さないように努めた。
「ううん、私がやれることなんて大したことない。早くお姉ちゃんが元気になって戻ってきてくれたら、それが一番だよ。」サキは笑顔を作りながら答えた。
そんな妹の言葉に、リナは安堵した様子で微笑んだ。「そうね、早く家に帰らないとね。ユイの姿を間近で見られないのは、ちょっと寂しいけど…」リナの言葉はどこか物悲しさを帯びていた。
夜、カイは仕事から帰宅すると、キッチンで夕食の準備をするサキの後ろ姿を見て足を止めた。サキはカイの視線に気づいたのか、一瞬動きを止めたが、そのまま振り返らなかった。
「サキさん、いつもありがとう。毎日助かってる。」カイが感謝の言葉をかけると、サキは小さくうなずいた。「当然のことをしているだけから。」冷静な口調だったが、その声には緊張が隠せなかった。
リビングに戻ったカイは、ソファに座りながら頭を抱えた。「俺は…何をやっているんだ?」自問自答を繰り返すが、答えは見つからなかった。
一方、サキもまた一人キッチンで立ち尽くしていた。鍋の中のスープが沸騰する音が、妙に大きく感じられる。彼女は深呼吸をし、心の動揺を抑え込もうとした。
「これ以上、誰も傷つけるわけにはいかない…。」サキは心の中で自分にそう言い聞かせたが、カイとの距離が日に日に近づいていることに気づかないふりはできなかった。
夜が更け、家の中が静まり返った頃、サキはベッドで眠れずに目を開けていた。「お姉ちゃんに顔向けできない…」その思いが何度も頭をよぎる。しかし、それ以上にカイへの想いが膨らんでいく自分が怖かった。
カイもまた、隣の部屋で同じように眠れずにいた。「このままでは、全てが壊れる…」そう思いながらも、心のどこかでサキへの想いを断ち切れない自分がいた。
暗闇の中、二人の心はそれぞれ別の場所にいながらも、同じ苦悩を抱えていた。その夜、家の中の静けさが、二人の罪を包み込むように漂っていた。
つづく