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たましいの救済を求めて
最終話
今夜は思いがけなく、特上のうな重にありつけた。
胃の辺りを撫で擦りながら、麻子は第一面談室のドアを開け、電気を点ける。この瞬間は、いつも気の張る瞬間だ。柚季は電気を点ける点けないに、こだわるところが多々あった。
部屋の中は、がらんどう。
窓のブラインドは降ろされて、中央にテーブルがひとつ。入口に背を向ける席と、その斜め右側の席に、それぞれパイプ椅子。
事務的で、癒しの欠片も感じない。
そうなのだ。クライアントはカウンセラーに、心療内科の先生に癒してもらいに来るのではない。それを彼らが証明した。
羽藤柚季のカウンセリングは、まだ続く。
彼は記憶を持たずにいたから、生き延びることが出来ていた。過食嘔吐も抱える羽藤を支えていくのは並大抵の困難ではない。
それでも自分は、やるだろう。
麻子はカウンセラーの定位置に腰かけた。机の上の時計を見ると、ちょうど十一時を指していた。始まった。
柚季は姿を見せないままで、六十分間沈黙していたこともある。
帰り間際に、その存在を主張する香水の薫りだけを残して消えた。
だから待つ。
時を刻む針の音がする。半周する。麻子は刻々と切り刻まれるかのようだった。
柚季は来ない。柚季はいない。
待つ人が座る空席を、見ていることしか、できずにいいた。
残酷なまでに正確に、時が零時を指しかける。
薫りもしない。気配もしない。面談室は、がらんどうのままだった。
麻子の頬を涙が伝う。ひと筋、ふた筋、厳粛に。
柚季の消失。柚季の消滅。
カウンセラーとしての自分はそれを進歩と捉え、ひとりの人間として悲しむ矛盾を、どう生きればいいのかが、わからない。
【 完 】