東京&日光へ 夫と嫁とお姑さん、3人で旅に出た!
2023年10月初めに、九州に住むお姑さんと四国に住む私たち夫婦、家族3人で関東に旅に出ました。
お姑さんは今年で83歳。
今後は遠出がだんだんと大変になるので、親子3人の思い出作りの旅に行ってきました。
なぜ旅行に出ることになったのか?
「新型コロナ流行が終息したら、日光の金谷ホテルに行きたいよね〜」と、クラシック建築好きな私と夫は、この数年ずっと話していました。
本来なら、2021年秋に亡くなった夫の父も一緒に行けたら良かったのですが、それは残念ながら、かないませんでした。
数ヶ月前には、通販サイトで金谷ホテルベーカリーのパンをお取り寄せ。宅配の冷凍便で送られてきたパンを少しずつ食べながら、ホテルに泊まりにいく日を妄想して楽しんでいました。
夫と私とお姑さんの現在の状況
私と夫(2人とも50代半ば)は結婚して、もうすぐ26年がたとうとしています。子どもは1回妊娠しましたが、流産してしまい、結局子どもがいない2人暮らしの夫婦です。
結婚して以来ずっと、夫の地元である福岡県に23年ほど住んでいました。
ところが急きょ、2020年に私の地元、愛媛県に引越すことに。
私が実父の住んでいた家を相続したこと、コロナ禍でリモートワークが可能になったこと、私たち夫婦はずっと賃貸マンションに住んでおり、不動産を所有していなかったこと、などの理由で引越しをしました。
また、私の父の長期入院中、実母は既に認知症を長く患っており、地元の別の家で兄が面倒を見続けていました。近くに住むことで、兄の多少の手助けにもなればとの思いもあったのです。
福岡県にある夫の実家で、今はお姑さんが1人暮らしをしています。
今年83歳になりましたが、見た目はまだまだ若々しく、家で習い事教室の先生を長年やっています。
若い頃はかなり美人で可愛かったらしく(一応家族からの証言)、今も肌のお手入れなどは、私よりもしっかりしているくらいです。
気持ちも若いので、教室の生徒(小学生から高齢者まで)から、スマホやLINEのやり方を教えてもらっているようです。おかげでiPadで FaceTimeもしてきたりして、デジタルの時代にも何とかついてきています。
まだまだ介護の必要もないので、2年前に夫の父が亡くなったあとも、同じ家に住み続けています。
子どもたちの世話にはまだなりたくない、1人を楽しみたいとのことで独居老人生活を自分自身で希望してのことです。
嫁と姑は順調に仲良しという訳ではなかった
今回この記事を書こうと思ったのは「お姑さんと旅行に行った」とツイートしていたら、ある方に「ご主人のお母さんと旅行に行くなんて優しいんですね」と言われて、自分でもハッ!としたからです。
結婚して26年ずっと、順風満帆という訳ではありませんでした。婚約が決まったあたりから、お姑さんの過干渉がだんだんとひどくなり、私の着る服の趣味や食べ物の好みまであれこれ指図や難ぐせをつけられていました。
福岡に住んでいる頃、同居はしていませんでしたが、何かとチェックを入れられて、いつも見張られているような気がしていました。
自分の安心できる居場所が、どこにもないような気分になっていたことも多かったのです。
そして、私が子どもを持つか持たないかのことにも干渉してきて、心をえぐる、ひどいことを言われたことがありました。そのときは1年半くらい、まったく連絡も取らず、嫁と姑の関係断絶時代でした。
心えぐる言葉は39歳のときに言われて、40代はずっとそれを引きずって生きていました。そして、心の痛みを忘れるのと、自分の経済力をつけるためにも、外に役所の臨時職員や派遣社員として仕事に出ました。
結局、結婚してからパート程度の軽い仕事しかしていなかったので、お姑さんとの精神的な距離感もおかしくなっていたのだと思います。
愛媛に引越してから、約2年半は完全在宅勤務で仕事をしていました。40代に外に出て働いて身につけた仕事スキル(法人営業やテレアポ)が役に立ちました。
嫌な事件をバネにして、今の自分があるというのは間違いはないでしょう。
実際に3泊4日で関東に旅行に出てみて
結婚して特に始めの数年間は、食事や買い物に一緒に行くときも、お姑さんから服装や髪型にチェックを入れられました。「何でそんな格好してきたの?」など無神経な言葉に傷ついたものです。
その頃だったら、旅に持っていく服のコーディネートにずっと悩んで、旅行の準備段階で固まっていたでしょう。
夫の実家は、以前は会社を経営していたので、世間体というのをかなり気にしていました。そのため、外出時の服装などに今よりも気を遣っていたのだと思います。
食事をしに行くレストランも日本ではそこまで厳しくはないですが、一応ドレスコードというものがあります。
金谷ホテルのメインダイニングもそれなりのドレスコードがあり、20代や30代の頃なら迷ってしまっていたかもしれないです。しかし、50代になった今、この程度なら、というワンピースで食事しようとすぐに決められました。
なので、旅行の荷造りもそれほど悩まずに服選びもできて、ツッコミを入れられても以前より気にしない自分がいたようです。旅の持ち物は、あまり迷わずスーツケースに詰められました。
同じ新幹線で合流して、いざ東京へ
同じ号の「のぞみ」に乗ろうと約束し、それぞれ九州と愛媛を出発して、新幹線でお姑さんと合流しました。
お姑さんは3人分のお弁当を朝5時に起きて作ってきていました。
50代の私よりも余程元気な感じですが、子どものためなら自然と力がわいてくるらしい。そこはマネできないなと思っています。
皇居一般参観や六義園を1日で周り、10㎞以上歩くハメに
東京では、首相官邸すぐ近くのビジネスホテルに1泊したあと、やはりクラシック建築で有名な山の上ホテルに1泊。
事前に皇居一般参観に申し込んでいたので、初めて皇居の見学をしました。
かなり広大な敷地で、外国人観光客、欧米人だけでなく中国語圏の観光客がとても多くて驚きました。
【この日回ったところ】
皇居→日比谷公園→東京ミッドタウン日比谷→有楽町駅→駒込駅→六義園→山の上ホテル
気づいたら電車やタクシーでの移動を入れたものの、約10㎞以上の距離を(1万5千歩以上)1日で歩いていました。
83歳のお姑さんには、かなりキツかったのではないかと思いましたが、意外に元気でした(本人は日頃からよく歩くなど運動を心がけているからと主張していましたが)。
やはり可愛い息子と一緒なら大丈夫だったのでしょうか。
ともに行動していると、昔なら店で何か注文して食べるときも自分と同じものを選ぶように、強引なことを言ってくることもありました。今回はそういう事態にはならず、それぞれが気を遣いすぎない旅ができました。
日光東照宮、旧英国大使館・イタリア大使館別荘、そして日光金谷ホテルへ!
山の上ホテルをチェックアウトしたあとは、東武日光線でいよいよ日光に向けて出発しました。
日光に着いて1番目に行ったのは日光東照宮。
夫とお姑さんは、以前来たことがあったものの、私は初めてでした。
教科書で見た感じでは、ド派手な建築とくらいしか思っていませんでしたが、荘厳でとても素晴らしいところでした。
たくさんの建造物があるので、じっくり見ていたら一日中かかってしまいそうなくらいの規模です。
その後は、中禅寺湖畔に行きました。日光は箱根や軽井沢と並び、戦前は外国人の避暑地としても人気が高かった場所です。今回の旅でそれを初めて知りました。
明治から昭和初期には、中禅寺湖のほとりには多くの欧米各国の大使館別荘が立ち並んでいたそうです。
日光で乗ったタクシーの運転手さんが「人気のない都道府県の1、2位を栃木は争ってるんですよ〜」と嘆いていました。
私もこのリゾートな雰囲気が全国的にはあまり知られていないことが、心から残念だと思いました。
そしてついに、夜には憧れの日光金谷ホテルに到着しました。
お姑さんの誕生日が近かったので、ディナーの最後にはバースディケーキも用意していただきました。
この日も、前日の10㎞までは歩きませんでしたが、この日歩いた距離は5.5km。結構な距離でした。自分が80歳過ぎまで生きていられたら、そんなに歩けるのかなと、日頃の運動不足を私も今から少し見直そうと思いました。
これ以外にもまだ何ヶ所も素敵なところに行ったり、東京に戻るときはSLに乗ったりと盛りだくさんに楽しんで帰途につきました。
なお今回の旅、3泊とも宿泊費はお姑さん持ちで、かなりの出費をさせてしまいました。
「動けるときになるべくいろいろな場所でいい思い出を作りたい!」という気持ちでお金を出してくれたようで、とても感謝しています。
いい思い出を増やすと、昔の悲しかった出来事や子どもがいなくて寂しく思っていた自分の人生が、上書きされていくような気持ちになりました。
最後に
39歳のときにひどいことを言われて、おわびもしてくれず一生許せない!と思っていたお姑さんと、50歳過ぎてから仲良く旅行に行けるようになっていた自分。
お互いの変なプライドや虚栄心みたいなものが自然になくなったからなのか。
私の父、夫の父が2021年に2人とも亡くなってしまい、家族同士の心の持ち方が変化したのか、とにかく限りある生きている時間を大切に過ごそうと思うようになったことには間違いありません。
今は昭和の頃と違って、嫁姑のいがみ合いなどは少ないのかなと思ったりもします。
家族関係というものは、それでも外での人間関係の基本になっていると私は考えています。
家族の縁は切ろうと思ってもなかなか切れないもの。離婚する夫婦の数が増えているし、親ガチャ、子ガチャとかという言葉も最近では耳に入ってきます。
この文章が、特に嫁姑関係で疲れている方だけでなく、どうにも許せない人がいて心が疲れてしまった方にも、少しでも何かのお役に立てたらと願っています。
次の家族3人旅行は、お正月に佐賀の温泉に行く予定。少しでも長くいろいろな楽しい思い出になる旅行を続けられたらと思っています。
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