「ニートだけど、異世界で最強の美少女に転生したので、無双して左団扇で暮らす予定です」第一話
うるさいうるさいうるさい……。
「うるさーーーーいっ!」
いったいなんだってんだ? なんで、こんなにうるさいんだ? わけが分からずに目を覚ました俺の目の前には、谷間があった。何を言ってるんだ? と思われそうだが、なぜか胸の谷間が目の前にある。寝る前、部屋には誰も居なかった。それは確かだ。それがなんで、目の前に胸の谷間? 考え込んでいると、胸の谷間が近づいてきた。そして、そのまま俺の顔が谷間に押し付けられる。
「く、くる……」
息が出来ない、苦しい、でも、すげー柔らかくて気持ちいい……。このまま、息が止まってもかまわないというぐらい、気持ちいい……って、意識が飛びそうになった! この気持ちよさって酸欠のせいか!?
「苦しい……離して……」
柔らかい感触が離れていき残念……じゃなくて息が出来るようになった。いやもう、マジで死ぬかと思った。胸の谷間って、実は殺人兵器だったんだな……。それにしても、ここはどこだ? 俺の部屋じゃないよな? まぁ、落ちは分かってる。これは夢だよな。夢じゃなきゃ、胸の谷間に挟まって死にそうになるなんてことはないしな。
ゆっくりとあたりを見回してみる。ものすごい質素な部屋だな。よくある、中世のヨーロッパみたいな感じだよな。そういえば、寝る前に見た深夜アニメが異世界転生ものでこんなところが舞台になってたよな……。
「……ナ……」
やっぱり、この夢はアニメの影響かな……。それにしても、やけにリアルだよな。
「ミ……ナ……」
なんか胸の谷間の感触以外にもはっきりとした触感があるし、なによりも腹が減ってる。やけに腹が鳴ってるんだが、寝る前にちゃんとカップラーメンを食ったよな?
「ミーナ!」
「うぉ!?」
なんだ? いきなり耳元で叫ばれた!
「大丈夫? まだ体調が悪い?」
え? あれ? 俺のこと? 声がする方に視線を向ける。なんだか、水色の髪をした巨乳の美少女が目の前に居る。
「誰?」
あ、誰って聞いても夢の中だからアニメのヒロインとかか? でも、こんなキャラ居たっけか?
「ミーナ……」
ミーナ? それってもしかして俺のこと?
「やっぱり、まだ本調子じゃないわよね……。ちょっとの間とはいえ、死んじゃってたんだし……」
目の前の巨乳美少女が心配そうな顔で俺を見ている。いやー、美少女に心配されるって、いいな……さすが夢って感じだ。……って、ん? え? 死んじゃった? 今、死んじゃったって言ったよな? 誰が? 誰が死んだんだ? もしかしなくても、夢の中の俺? 俺、死んじゃった設定なのか?
「あの、ミーナって俺のこと?」
とりあえず設定を確認しておくかと思い尋ねてみた。なんか、不思議そうな顔で、巨乳美少女が俺を見てる。
「あの?」
もう一度声をかけてみる。ん? なんか変じゃないか? 今、俺がしゃべったよな? 目の前の巨乳美少女じゃないよな?
「あの、俺……」
やっぱり、変だ。さっきまでは色々と動揺していて気が付かなかったが、今、しゃべったのは俺の声みたいだ。でも、これ……どう聞いても女の子の声だ。
いったいどういうことだ? と少し考えたが、これは夢だということを思い出し、夢なら何でもありかと納得をする。それにしても、俺がこんな可愛い声で話すって、なんだか変な感じだな。
「あ、ごめん。父さんたちが帰ってきた」
そう言うと、巨乳美少女は部屋から出て行った。家族もいる設定なのか。じゃあ、さっきのは俺の姉か妹ってことか? 弟しかいない俺には、姉とか妹っていうのは想像上の生き物だよな。さすが夢、俺の願望を叶えてくれてるのか。
そういや、夢の中の俺ってどんな姿なんだ? まさか、マジ俺の姿にあの可愛い声じゃないよな? まぁ、ちょっと怖いけど、鏡を見てみるか。鏡を探して部屋の中を見回すが、それらしいものは見つからない。部屋にあるのは、ベッド、シンプルな机、細長い蓋の付いた物入れぐらいしかない。机には引き出しが無くシンプルすぎるつくりだ。あるとしたら、あの細長い物入れか。
ベッドから降りて物入れに向かおうとしたとたん、サラリと長い髪が揺れた。ん? これって俺の髪? 薄いピンクの髪が俺の動きに沿って動く。髪をつかんだ手が、やけに華奢だ。ちょっと力を入れたら即効、折れてしまいそうなほどだ。俺の体、どんな感じになってんだ? ふと気になり、自分の体を見てみる。やけに細くて華奢だ。来ている服は白いシンプルなもので、女の子が来ているワンピース? とかいうやつみたいだ。え? ワンピース? って、ちょっと待て! もしかして、いやもしかしなくても、夢の中の俺って女の子になってるのか? その疑問を解消するために、俺はおそるおそる手を動かした。ゆっくりと、手を胸のところに当てる。
「うぉっ!」
なにこれ!? ちょーやわらかいんだけど? さっきの巨乳美少女ほどじゃないけど、けっこう胸大きいよな? たぶん大きい? 初めて触るから他と比べられないし、よく分かんないけど……。そして、次は指を動かしてみるにチャレンジしてみようと思う。ただ触っているだけでも柔らかくて気持ちいいい感触だが、指に力を入れて揉んで見ると更に気持ちよくなれるに違いない。って、あれ? その場合の気持ちいいってどっちだ? 手の感触? それとも、一応、女の子みたいだから俺が気持ちよくなるのか?
ヤバイ……なんか緊張してきた。少し、指先に力を入れるだけだっていうのに、なぜかそれが難しい。長い時間? のような気がするけど、たぶん短い時間、俺は言うことを聞かない指先と戦っていた。そして、深呼吸をして気合を込めたとたん、大きな音がしてドアが開いた。
突然の大きな音に、俺の手が胸から離れる。思わず視線を向けたドアのところには、赤い髪のすらりとした少女が立っていた。さっきの巨乳美少女とは別人だ。誰だろう? そういえば、さっき家族が帰ってきたみたいなことを巨乳美少女が言ってたよな。もしかしてあれ、母親? 十代にしか見えないけど、夢ならなんでもありだよな? でも、なんというか……可愛そうな胸の母親は、ちょっと嫌かも?
「秋鹿蒼真!」
「はい!」
突然、名前を呼ばれて反射的に返事をする。あれ? 俺、ミーナとかいう名前じゃなかったっけ? それとも、夢の中だからやっぱり色々とごちゃまぜなのか?
「いいか、よく聞け」
「はい」
「お前はもう死んでいる」
「はい?」
「いや、正確には死んでいない」
あぁ、この唐突さは夢ならではだよな。それにしても、異世界転生ものにはよくあるパターンだよな。もっと、オリジナリティのある夢を見ろよ、俺。
「死んだけど死んではいない」
微妙に美少女、略して微少女? が言葉を続ける。なんか、どっちなんだよ! と思わず突っ込みを入れたくなるな……。
「あーまぁなんというか……その……」
「というか誰?」
いきなり現れて変なことを言うちょっと微少女に問いかける。
「あ、アナト」
「アアナトさん?」
「アナトよ!」
アが一つ多かったか……。
「それで、そのアナトさんが何の用でしょうか?」
一応、今は女の子みたいなので、それっぽく話してみる。俺、なかなかいい演技じゃね? というか、この様子じゃどうやら母親説は消えたみたいだ。後は妹説とかもあるけど、それも違うよな。
「色々と手違いがあって、その説明に来たのよ」
「はぁ」
「とりあえず、お前はもう死んでいる」
「それ、さっき聞いた」
「まぁ、手違いで、死ぬ予定じゃなかったのが死んだので、色々あって今こうなったって感じ?」
その色々ってなんだろう? というか、俺は死んで異世界に転生したって設定なのか?
「ということで、色々とあきらめてこの世界で生活をするように」
「最近、よくある設定だよね」
「そう? まぁ、分かってくれたのならそれでいいわ」
「うん」
「じゃあ、そういうことで!」
微少女改めアナトが軽く手を上げ、颯爽とドアへと向かった。うーん……。まぁ、異世界転生は分かったけど設定がつまらないよな。それで、俺の特殊能力ってなんだ?
「あ、忘れてた」
そう言い、アナトが戻ってくる。
「これにサインして」
目の前に何か書かれた紙を出し、一ヶ所を指差している。ここにサインって、俺の名前を書くんだよな? それって、どっちの名前? というか、この紙って何? 何が書かれているのか見ようとしたら、アナトがいきなり手にした紙を自分の後ろに隠してしまった。
「それ、何?」
俺は疑問を口にするが、アナトは紙を見せてくれない。
「いいから、サインして!」
「ふっ……」
「な、なによ! その顔!」
「内容も分からないのにサインする馬鹿がいるか?」
そう、ここは夢の中だ。普段なら言えないことも、スラスラと言えてしまう。リアルの俺なら、何も言い返せずに黙って言われたとおりにサインしただろう。だが、今は違う。
「べ、別に変な内容じゃないわよ」
「じゃあ、見せて」
俺は、ベッドから降りるとアナトに近づいた。アナトは、紙を後ろに隠したまま後退る。俺が前に進むと、アナトが後ろに下がる。それを何度か繰り返して、アナトはついに壁にぶち当たった。リアルの俺なら、こんな強気な行動って出来ないよな。夢ってやっぱ凄いわ。
「もう、今日はいいわ」
そう言い、後ろに紙を隠したまま、壁に沿ってアナトは横移動を始める。
「明日、また来るから!」
「ちょっと待って」
ドアに向かうアナトに向かって、通称、壁ドンをする。イケメンのみが許される、超必殺技だ。一回ぐらいやってみたいと思っていたけど、俺、今は女の子みたいだし……なんだか微妙? でもまぁ、夢だしこれでもいいか。
「な、なによ?」
「その紙、見せて」
普段なら絶対に女の子の身体に触れるなんて出来ない。でも、今は夢の中だし俺はなぜか女の子だし触っても大丈夫だよな? そう自分を納得させて、アナトの身体に手を回す。アナトの背中よりも少し下を目ざして手を動かす。
「ちょっ! どこ触ってんのよ!」
もぞもぞと身体を動かすアナトの動きに合わせて、俺の手は丸みを帯びた柔らかなところへたどり着いた。ヤベっ……すげー柔らかくて触り心地がいい……。さっきの巨乳美少女の胸とはまた違う、少し弾力のある柔らかさ。
「やめてよ! ヘンタイ!」
「いや、俺は今、女だし」
女同士って、よく胸を触ったりしてるんだろ? それなら、何も問題は無いじゃないか。それにしても、やけにはっきりとした夢だよな。触感とかもう、本当に触っているみたいだもんな。このまま、夢が覚めなければいいのにって思ってしまう……。そんなことを考えていると、アナトの背中に回した指先に何か別の感触が当たった。ガサって音とこの感触は紙だよね? 指先に触れたものをしっかりと掴み、思いっきり引き上げる。
「あっ!」
アナトの声と共に、隠されていた紙が俺の前に出てきた。
「やめて! 返して!」
必死に、アナトが紙に向かって手を伸ばしてくる。俺は、かまわずに紙を見る。ん? なんだこれ? 思わず首をひねる。すぐ側では、うるさいぐらいにアナトが騒いでいる。
「これ、何……?」
俺は、手にした紙をアナトに向けた。
「え? そ、それは……。いや、だから、不幸な偶然が重なっただけで、私のせいじゃないわよ? 絶対に違うわよ?」
「ん?」
なんのことだろう? 俺の手にある紙には何も書いていなくて、ただの白紙なんだけど?
「この紙、何も書いてないんだけど? なんでこれにサインするんだ?」
「え?」
驚いた顔で俺を見るアナト。
「えーっと……それは……ほら! あれよアレ!」
「アレって何?」
「あーその……。あ、そうそう確認よ! 確認! あなたが本当に秋鹿蒼真かどうかの確認」
なんかあやしい……。視線は泳いでるし、俺から顔を背けて少しずつドアに向かおうとしてる。これって、絶対に嘘だよな。
「なんで、俺の確認が必要なんだ?」
「それはその……ほら、間違ってたら困るし……だから、念のために確認ね」
「間違い?」
「そうそう! 間違い! だからそれ、返して!」
いや、それは違うだろ? それにしても、白紙の紙になんでそんなに必死になるんだろう? もしかして、この紙にはもの凄い秘密があって、コレを手にしたら何かすっごい力が手に入るとか、お宝の地図になるとか、そんな感じか? でも、それだと別に俺のサインはいらないよな? あ、あれか? アナトは実は俺のファンで、それでサインが欲しかったとか? そっか、そうだよな。断られて恥ずかしくなったとかさ。……って、そんなことあるわけないだろ……。いくら夢だからって……。
「ん?」
考え込んでいると、手にしている紙が引っ張られた。すぐに視線を向けると、アナトが同じく紙を掴んでいる。オレの視線に気が付いたのか、アナトは一気に力を入れて紙を引っ張る。反射的に、俺も力を入れて引っ張り返した。ピリッという何か不吉な音がする。ヤバイ! 破ける! そう思った瞬間、俺とアナトに引っ張られている紙が燃えだした。って、燃えてるでいいんだよな? いきなりのことで固まってしまったけど、熱とかは感じない。派手に燃えているけど、熱くはないし肉が焼けるような匂いもしない。ってこれ、夢なんだから別に変でもないか。
「あ……」
燃える紙を見ながら、アナトはこの世の終わりみたいな顔をしている。なんだろう? この白紙、そんなに重要なものなのか?
「そんな……」
燃えて灰になるわけでもなく、手の中にある紙はなぜか細かい光の粒子? みたいなものになっていく。変わった燃え方だな。そして光の粒がキラキラと舞いはじめた。なんか、凄くきれいだ。
「ど、どうしよう……」
なにかオタオタするアナト。俺にしてみたら、ただの白紙だったけど……やっぱり何かのキーアイテムだったのか?
「これ……私、署名してたのに……」
ん? 俺のサインが欲しかったんじゃないのか? それとも、それ以外に何かアナトがサインする必要があったとか? なんだか、ますます分からないアイテムだ。
「そういえば、あなたって秋鹿蒼真よね?」
「うん」
「じゃあ、なんで……」
「俺がどうかしたのか?」
「だって、あのとき何も書いてないって……」
「あの紙なら、ただの白紙だったけど?」
アナトのサイン? も無かったし、他に何も書いていなかった。本当にただの白紙だった。
「なんで? ちゃんとあなたの名前を書いて指定したのに……」
「あ、俺、今はミーナって名前」
そう言うと、アナトはあっ! って顔をした。
「そうだった……。これって、署名した私と指定した秋鹿蒼真しか、基本的には見えないからね」
アナトの握りしめた拳がふるふると震えてる。
「だいたい、あのときあなたが返事したから、こんなことになったんでしょ! どうしてくれるのよ!」
「返事?」
「そうよ! あなた、私を見てた! 私たちが見えるって事は、もうすぐ死ぬ人間ってことでしょ! だから、秋鹿優真あいかゆうまか? って聞いたら、あなたは”うん”って答えたでしょう?」
えっ!?
「これって夢じゃないの?」
アナトがきょとんとした顔で見ている。
「えっ? 俺……夢だと思って……」
「貴方は、秋鹿優真の代わりに死んだの」
「そっか……」
俺……死んだのか……。なんとなーくそんな気はしていた。
「ごめん……。そんなに大変なことだって思わなかった……。一度でいいから、弟になってみたかった」
ずっと引きこもっている俺と違って、弟の優真は明るくて人気者で、親の期待も大きい……。一度、失敗した俺には何もない。友人も、学校も、親の期待も……。だから、あのとき弟の名前を聞かれたときに”うん”って答えたら、昔に戻れるような気がした。
「新しい紙、ある? 今度は、ちゃんとサインする……。それで君が助かるなら……」
「ふぅ……。それがダメなのよ。あれは、一度しか作れない契約書だから……」
「一度だけ?」
「そう。それだけの覚悟が必要なことに使われるもの」
「そうなんだ……。ごめん……」
「まぁ、あなたは今、名前が二つあるからしょうがないんだけどね」
名前が二つ? どういうことだろう? というかこれって俺の夢じゃないのか? 夢の中で俺は死んで異世界転生したとかじゃないのか?
「秋鹿蒼真っていう、魂の名前と、その身体のミーナって女の子の名前、二つ名前があるのよ」
「この身体って、俺の夢とか幻想とか想像とかそういうものじゃないのか?」
「違うわよ。死ぬ予定じゃなかったあなたを死なせてしまって、とりあえず何とかしなきゃって思っていたら、丁度この世界で自らの魂を殺しちゃった魂の無い身体があったのよ」
「え? じゃあ、この身体って……」
俺の妄想とか夢とかじゃなくて実態……?
「そう。あなたは、元の世界では死んでいるけど、この世界ではちゃんと生きている」
「あの……。女の子の身体じゃなくて、もっとこう勇者とか賢者とか魔王とか無かったの?」
俺の質問に、アナトが溜息を吐いた。
「あぁ、そういえば、超イケメンの身体が空いてたわね……」
「え? じゃあ、そっちで!」
まだ、なんとなく夢とかそんな感じがする。現実感がないというのか……。というよりも、夢にしたい俺がいると言った方がいいのか……。
「半漁人だけど、そっちがいい?」
「半漁人?」
「身体が魚で、人間の手足がそれに付いている感じね」
「……」
「とってもぴちぴちしてるわよ」
「え? じゃあ、こっちでいいです」
「っていうか、なんか人ごと? 普通なら、自分が死んだとか聞いたらもっと落ち込んだり、信じられない! って騒いだり、泣き崩れたりするんじゃないの?」
「あーうん……。ごめん、まだなんか現実感がないっていうか……。なんだか、アニメを見てるとかラノベを読んでいるとか、そんな感じなんだ」
「まぁ、いきなり死んだって言われても、この状況じゃ確かにね……」
それもあるけど、俺、これからどうすればいいのか分かんないってのもある。これがアニメやラノベなら、なんか魔王を倒しに行くとか、とりあえず冒険とかあるんだろうけど……。俺の今の状況って、応急処置? そんな感じなんだろう?
「とりあえず、今日のところは帰るわ」
「え? 帰る? 俺、どうすれば?」
「普通に過ごしてればいいんじゃない?」
「普通って言われても……。俺、この子のこと何も知らないし……」
未だに現実感もないし、このままじゃどうしていいんだか……。
「明日、また来るわ」
「……」
「そろそろ、限界だしね」
「限界?」
「そう。この部屋だけ、別の次元の扱いになってるのよ。あなたと話すのを邪魔されないようにしたかったし……。それに、場合によっては色々と……ね?」
ね? って何? なんか嫌な感じがするのは気のせいだろうか?
「ということで、今日はもう限界だから明日ね」
なんだろう? なんかの魔法を使っていて、それのタイムリミットってことなのか?
「明日、また来るから詳しい話はそのときね」
「待って!」
「何?」
「これって、本当に夢じゃないのか? ここってどこだ? 俺はどうなったんだ?」
アナトが、ふぅっと溜息を吐いた。
「自分の状況を少しは理解してきたってところ?」
「理解するもなにも、何の説明も無かったんだが? これで、どうやって理解しろと? 夢だと思うのが一番無難だろ?」
「だから、そういうのも全部、明日ね」
アナトがそう言い終わると、凄い勢いでドアが開いた。
「ミーナ! お父さんたち心配して帰ってきてくれたよ!」
さっきの巨乳美少女が部屋に飛び込んできた。
「じゃあ、また明日ね」
アナトはそう言うと巨乳美少女に頭を下げて部屋を出て行った。ちょっ! 待てよ!
「ミーナ、今の誰?」
「え、えーと……と、友達?」
これが一番、無難な答えだよな? そう思い、巨乳美少女を見る。すると、なんだか今にも泣きそうな顔をしていた。あれ? 俺、なんか間違った? どうするべきか悩んでいると、いきなり巨乳美少女に抱きつかれた。顔を胸に押しつけられて、息が出来ない……。
「よかった……。ミーナ、友達いたんだ……」
え? 何? 俺ってここでも友達いなかったのか? ってか、それよりも苦しい……。柔らかくて気持ちいいんだけど、でも、苦しい……。
「く、くるし……い……」
「あ、ごめん! またやっちゃった」
またってことは、いつもやってるのか? この身体の持ち主、もしかしてこれで死んだとかじゃないよな?
「さっきのお友達、名前はなんていうの? この辺では見かけないけど……?」
「え? あ、名前はアナト。最近、引っ越してきたみたいで……」
「アナトちゃんね。今度はいつ来るの?」
「明日、また来るって……」
「明日か……」
巨乳美少女が何か考え込んでいる。というか、この人はこの身体の主とどういう関係なんだろう? お父さんとか言ってたから家族だと思うけど、お姉さんでいいのかな……?
「あの、お姉さん?」
戸惑いながら声をかけてみると、巨乳美少女が目を丸くした。
「どうしたの? そんな風に呼ばれたのって始めて」
「あ、ごめんなさい……変だった?」
「変って言うか、いつもナーナさんって名前で呼ばれていたから、なんだか新鮮!」
嬉しそうに、ナーナさん? がまた俺の顔を柔らかい胸に押しつける。
「く、くるしい……」
「あ、ごめーん」
柔らかい殺人兵器から逃れた俺は、深呼吸をして酸素のありがたみを味わう。
「もう、嬉しすぎて……つい……」
それにしても、この身体の元の持ち主ってどんなだったんだろう? なんか友達がいなさそうみたいだが……。でも、こんなに心配してくれるお姉さんがいるから、俺のところみたいに家族仲が悪いってわけでもないよな? というか、俺の家は俺のせいなんだから自業自得ってやつかな……。
「あ、あのね」
何か真面目な顔でナーナさんが話しかけてきた。
「え? なに?」
少し、緊張した感じで答える。
「お……」
「お?」
ナーナさん、深呼吸。なんだろう? 何かヤバイことかな?
「お姉ちゃんって呼んでくれる?」
「お姉ちゃん?」
そう答えると、ナーナさんの表情が一瞬、固まる。その後すぐに、また抱き寄せられて柔らか殺人兵器を味わうことになる。
「くる……しい……」
「あ……」
ナーナさんが慌てて俺を離す。そして、涙を浮かべながらとても嬉しそうな笑みを俺に向けた。
「ありがとう。これで夢が叶ったわ」
夢が叶うって……。お姉ちゃんって呼ぶのが、そんなに凄いことなんだろうか?
「あ、そうそう。お父さん達も心配してるから、早く顔を見せてあげようよ」
そう言い、ナーナさんは俺の手をつかむとドアへ向かって歩き出した。いいのか? 未だによく分かってないけど、このまま家族? に合っていいのか? 何の情報も無いし、ボロが出たらどうするんだ?
「あ、あの、お姉ちゃん……」
俺の言葉に、ナーナさんは立ち止まると振り向いた。急に立ち止まったので、俺は勢いでぶつかってしまう。
「なに? どうしたの?」
嬉しそうに目を輝かせて、ナーナさんは俺を見た。
「あ、あの……なんだかまだ、体調が……」
「え? つらい? そうだよね。死んでたんだし……」
そういえば、俺というかこの身体の持ち主も死んでたんだっけ……」
「分かった。じゃあ、父さん達には後でこっそり見に行くように言っておく。だから、ミーナは横になってて」
今度は、ベッドに向かって俺の手を引いていく。なんだかちょっと違和感があるだけで体調は何ともないんだけど、まだ状況が分からないのであまり多くの人とは接触しないほうがいい気がする。
「ありがとう」
ベッドに横たわりながら、感謝を伝えた。すると、ナーナさんは、また驚いたような顔で俺を見る。もしかして、元の人って礼も言わないとかだったのかな?
「ゆっくり休んでね。後でご飯を持ってくるから」
「うん……」
ナーナさんは、何度か振り返りながらドアへと向い、ゆっくりと部屋から出て行った。
ドアの閉まる音が、少し寂しげに聞こえた。
ナーナさんが居なくなって、もの凄く静かな部屋でジッと天井を見る。まぁ、部屋の中には何もないって言っても間違いじゃないし、どう考えてもテレビやパソコン、スマホなんて無さそうだ。早い話が、他にすることがないってことだ。
アナトは、俺が死んだって言っていた。死んだことは覚えていないけど、アナトが部屋に居たのは思い出した。そして、弟の名前を口にしたのも覚えている。でも、答えた後のことを覚えていない。気持ちよく寝ているところを無理矢理起こされたところまで、記憶が飛んでいる。飛んでいるのか、元々その間の記憶は無いのかも分からない。
明日……。アナトは明日また来るって言っていた。そのときに、すべて分かるんだろうか? そして、今、俺がいるこの世界? は本当に異世界なんだろうか? 同じ世界のどこか遠い国とかじゃないのか? 天井を見つめたまま色々と考えていると、ドアがノックされた。
「はい」
返事をすると、ゆっくりとドアが開く。なにか遠慮がちに、ドアの隙間から顔を覗かせるナーナさんによく似た中年の女性の姿が見えた。えーっと、状況的に母親でいいのか?
「大丈夫?」
「うん」
身体を起こしながら答える。
「そう。良かった」
安心した顔でナーナさんに似た人が部屋に入ってくる。手には小さなトレーがあり、その上には木で出来た食器が乗っている。
「お腹は空いてる? ご飯、食べられそう?」
そう聞かれたとたん、お腹がもの凄い音を出した。そういえば、どれぐらい時間が経ってるんだろう? ご飯、食べてないよな。匂いのせいで、空腹を思い出した感じだ。
「大丈夫そうね」
嬉しそうに、ナーナさん似の人が、俺に小さなトレーを手渡す。反射的に受け取り、小さなトレーを膝の上に置いた。小さなトレーの上には、いびつな形をしたパンとスープがあった。
「ありがとう」
礼を伝えると、母親と思われる人は驚いた顔をした。もしかしなくても、ナーナさんの時と同じパターンだよな? この身体の持ち主って、どんな人物だったんだろう?
「あ、えっと……足りなかったら言ってね。まだ少しならあるから……」
戸惑ったようにそう言う推定母親さん。
「あ、うん」
おかわりあるのか。そうだよな。これだけじゃ足りないよな。そう思いながら、パンを口にする。
「硬っ!」
いつも食べているパンのつもりでかじったら、もの凄い硬いパンだった。フランスパンだって、こんなに硬くないぞ? それに、フランスパンの中は柔らかい。なんとか噛み切ってみたが、あまりの硬さとボサボサした感じに水分が欲しくなる。すぐに、目の前にある木の椀に手を伸ばし、スープを口に含んだ。