旅は道連れ ①
まさみは、旅に出た。旅先はベトナム。青森のド田舎出身で、人生で一度も海外には行ったことがない。東京にすら行ったことがない。それでも、ベトナムに行こうと思ったのは、約一年前だった。小学校から高校まで、地元の公立高校に通い、平凡な生活を過ごしていた。朝は毎日7時に起きて、学校へ行く。学校が終われば部活に行って、家に帰って寝る。土日はたまに近所の蕎麦屋でバイトをして、小銭を稼ぐ。当時は高校二年で、進路について考える時期だったが、私はなんとなく地元の短大に行こうと決めていた。県外の大学に行くという人も中にはいたが、私は一生地元を出るつもりがなかったので、地元の短大で十分だと考えていた。私が行く予定の短大は、家から電車で1時間半ほどかかる場所だったが、実家から通うつもりだった。
「まさみちゃんはさ、大学どこにするの?」
部活からの帰り道、優里がそう聞いてきた。高校に入ってから仲良くなった優里は、部活も同じで、いつも二人で行動していた。だが、進路の話をするのは、これがはじめてだった。
「私は〇〇短大に行くつもり。」
「〇〇短大かー。一人暮らしするの?」
「いや、しないと思う。実家から通えるし。」
「そっかー。」
「優里は?」
「私は東京の大学に行こうかなと思ってる。」
「東京!?え、行きたい大学でもあるの?なんで?」
「いや、特に行きたい大学があるとかじゃないけどさ、親が東京の大学に行ったらっていうからさ、それもありかなと思って。」
私は優里の両親のことを思い出した。特にお金持ちという印象がなかったので、子供を東京の大学に行かせるなんて、そんなことできるのだろうか。失礼ながら、少し性急な決断ではないかと感じた。
「そうなんだ。東京の大学か。なんでもかんでも高そうだし、人も多そうだし、空気も悪そうだしさ、考えたこともなかったよ。」
そう言い放った後に、私は胸が詰まる思いがした。東京の大学に行きたいと言っている人に対して、わざわざ言う必要のない言葉だと感じた。
「まあねー。この街に慣れている人だとそうだよねー。」
優里は少しも嫌な顔をせずに、前を向いたまま言った。私は優里の顔を横目でみながら、紫がかってきた空を見上げた。少々フライング気味で光っている星々は、夜空一面に輝いている無数の星々よりも、星影に個性があるように見えた。
「まさみちゃんはさ、将来のことってどんなふうに考えてる?」
「将来のことって、大学の学部とか、就職先のこと?」
優里からここまで突っ込んだ質問が来ることは珍しく、私は少し気恥ずかしさを感じた。自分の将来のことなんて、あまり真剣に考えたことはなかった。子供の頃からなんとなく、地元の学校に行って、地元で就職するイメージしかなかった。こういう質問をするということは、優里は何か具体的に考えているのだろうかと、焦りを感じた。
「それもそうだけど、それよりももっと先のこと。」
「もっと先のこと?」
「うん。なんか、私は最近さ、このままここで生きていくってことが、怖くなったんだよね。怖いっていうか、不思議っていうか。なんていうんだろう。今ってさ、朝起きて、学校行って、家に帰って寝て、また次の日朝起きて、学校行って、家帰って寝てるじゃん。この感じが、今後一生続くってことに、最近私はようやく気がついたんだよね。なんか、子供の頃は、いつかこの生活にも終わりがくるってどっかで思ってたんだと思う。でも、大学にいってもこのリズムは変わんないし、大学卒業したら終わるかと思いきや、就職してもこのリズムなんだよね。そう考えるとさ、大学は東京に行って、何かこのリズムを崩すような何かがあればいいなって思って。。。。なんか、私語り出して笑える!!」
優里の声が、少し上ずっていた。あたりはすでに暗くて、顔は見えなかったが、顔まで紅潮していることがなんとなく伝わってきた。少し気まずい空気をお互いに感じながら、私も口を開いた。
「ずっとこの生活が続く、、か。私はそんなものだと思ってたけどな。でもそれなら、東京で何か見つかるといいね。」
「うん、ありがとう!人生が変わる何かがあるといいなー。そのためにも、バイト頑張らなくちゃ!」
私たちはそこで別れた。一人になった後、優里が言っていたことをもう一度思い返した。優里は将来ずっとこの生活リズムが続くと言っていたが、私はそうは思わなかった。大学に行ったら、お酒も飲めるようになるし、門限もなくなるし、バイトのシフトも増やせるし、彼氏だってできるだろう。自由度が今の何倍にも増すはずだ。そうなれば、今とは全く違った生活になるに決まっている。まさみは、家までまっすぐに伸びている道路を足早に進みながらそう考えた。等間隔に並んでいる街頭が道路に寂しげな明かりを落としていた。
その週の土日に、私は例の蕎麦屋のバイトに入った。バイト中にどんぶりを黙々と拭いていたとき、私は急に思い立った。そう、旅に出ようと。
つづく。
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