わたしとあなたの物語

ガラス越しに　空を見ている
地球上の　七十八億の　中の　ひとつの　わたし
針に糸を通さず　ナイフを研がず
種を蒔かず　時間軸を歪める
　　笑えないのか
　　　　そう　これは　わたしの物語
 
となりの人は　いつも　拡声器越しに話しかける
薄ら笑いを　口元に張り付けて
目を合わせず　曖昧なうなずきを返す
　　振り向かないのか
　　　　そう　これは　わたしの物語
 
路上に投げだされた　クマのぬいぐるみが
笑うことと　泣くことでしか　
愛を伝えられない　小さなこどもの
断ち切られた　生を告げる
　　泣かないのか
　　　　そう　これは　わたしの物語
 
血走った眼を　持つ人たちの手で
大きな白地図に　硝煙のにおいとともに　ピン止めされる
昨日　今日　明日と
　　叫ばないのか
　　　　そう　これは　わたしの物語
 
砂の城が　はらはら崩れ　波にさらわれる
金属の　過剰な響きが　こもりうたを　ゆがませる
氷点下の善意が　仮想空間をも　飛び交う
　　耳をふさぐのか　耳をふさぐのか
　　　　そう　これは　わたしと　あなたの　物語
 
　こねこをひろった五万円になります
　入学おめでとうおにぎりうまかった
　引っ越しますきらい
　　　退屈なので人を殺します
　ピィちゃんがしんだの台風が発生しました
　余命三か月だってきれいな夕焼け
　　　戦争を始めます
 
交差し　蛇行し　混線する　物語
わたしの物語は
いつかの　あなたの物語
あなたの物語は
どこかの　わたしの物語

　　　　　　　　　２０２２年　詩誌　扉　28号より