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新しい春に



春の闇は めばえたばかりの命を 内包して
どこまでも みずみずしい
ちいさな蕾が いっせいに はぜて
ちいさな光を つれてくる
あたりにみちた光は たばねられ
豊満な夜を うわがきする

とおい国で 戦争がはじまって
二度目の春が めぐってきた
人は 人を ずっと ころしつづけてきた
一人が ちからずくで 一人を あやめるのではなく
一本の 指だけで 地球一つを まるごと
ふきとばすことが できるようになっても
なお

にぎやかな春の 真ん中で
わたしは 言葉を うしなっている
今まで 目をそむけてきた景色に 絶望する

あちこちで 春が 空にむかって
手を のばしている
ぎっちりと 命にみちた空の とおいところで
  子どものまなざしのような
  日なたの子犬のような
  花粉だらけの蜜蜂のような
  うちよせられた桜貝のような
春が たちきられる

わたしは 空へ まっすぐ 手をのばし
ギリギリと
ギリギリと
うまれたばかりの春を かきまぜる
言葉のかわりの 光のかけらが とおくにとどくように

2023年3月 扉29号









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