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地理Bな人々(22) 中島ノート⑨  イスタンブール

 トルコ※1に来て10日目。
 この国は2つの大陸にまたがる珍しい国だ。
 国土の3%はヨーロッパ,97%はアジアにある。 
 アジアとヨーロッパを繋ぐ橋(ボスポラス大橋)の両側に最大都市イスタンブール※2が広がっている。
 ボスポラス海峡は頑張れば泳いで渡れるくらい狭い海峡だ。      
 この海峡があるためにアメリカはトルコを早々にNATO(北大西洋条約機構)※3に加盟させたらしい。
 もしソ連との間で戦争が勃発した場合,黒海から地中海に出ようとするソ連の艦隊を両側から挟み撃ちにできるからだ。
 地政学的な要因があれば宗教の壁(キリスト教/イスラム教)など簡単に飛び越えてしまう,ということか。
 
 イスタンブールに来たからにはこの橋を渡らないわけにはいかない,と橋を目指して歩き始める。
 中心部のガラタ橋からは6キロほどの道のり。  
 サバサンド※4を食べ,モスク※5に立ち寄り,しっかり寄り道して2時間ほどで到着したが,下調べをちゃんとしておくべきだったと後悔した。
 
――橋は自動車専用だった。
  何てこった・・・。

 巨大な橋脚を下から見上げ茫然としていたら,割腹のいい髭もじゃの親父が近づいてきてトルコ語で何やらまくしたててくる。以前ウルムチ※6に行った時もそうだったが,アルタイ系の言語※7と俺は全く相性が悪い。
 音がほとんど聞き取れない。
 まだタイ語やビルマ語(シナチベット系)の方が音の粒が耳に残る。
 この橋を渡りたいのか,だったらタクシーに乗れ,オレが連れて行ってやる,身振り手振りでそんなことを言っているようだった。
 俺が拒否すると,さらにしつこく大声で何か言ってくる。たまたま通りかかった若い警官が間に割って入ってきた。警官は少し英語が話せた。彼は言った。

 ――残念ながらこの橋は歩いて渡ることはできません,でも一つだけ方法があります,年に一度イスタンブールマラソン※8という大会があって,その日は自動車をシャットアウトしてランナーだけが通れるようになります,その日にまた来て下さい,思う存分この橋を堪能できますよ,と。 
 
 おいおい,俺は走るのが大嫌いなんだぜ。。。
 
 仕方なくまたとぼとぼと中心部へ戻る。
 アザーン※9が聞こえてくる。夕方の礼拝の時間だ。
 トルコに最初に泊った日の翌朝,日の出前にアザーンの大音量で目覚めた。深夜の到着だったので宿のすぐ隣がモスクであることに気付かなかったのだ。まいったな,滞在中毎日こんな調子じゃ寝不足必至だな,と訝しく思ったが,不思議なもので,数日もするとアザーンの独特の旋律が,不思議なヒーリング効果をもたらしたせいなのか,しっかり熟睡できるようになった(ムスリムだったら怒られるが・・・)。
 
 街の食堂はどこも美味だった。
 料理名がさっぱり覚えられないが,大皿に盛られた料理の多くにトマト・なす・ピーマン※10がふんだんに使用されている。
 この3つの食材は好悪の感情を激しく刺激する食材だが,もし3つ全部好物だという人間は絶対にトルコに来るべきだろう。でないと食の最大の楽しさを知らないまま人生を終えることになってしまう。
 市場を覗くとフルーツも豊富なことに気付く。
 トルコは実はフルーツ大国※10なのだ。
 威勢のいい親父に推されて見たことのない果実を一つ買ってその場で食べた。ザクロみたいな赤紫の果実だったが,とびきり美味だった。  
 
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※1 トルコ共和国
面積78.3万㎢(日本の約2倍)。人口8400万人(イランと並んで西アジア最大)。国土のほぼ全域が小アジア半島の新期造山帯に属し,中央部にアナトリア高原が広がる(北緯40度付近に首都アンカラがある)。国民の97%がイスラム教徒だが,政教分離政策を採る。EUに近く工業のさかんな西部と発展の遅れた東部で格差が拡大している。ドイツを始め,ヨーロッパやアジアに多くの出稼ぎ者を送り出しており,彼らの仕送りも重要な収入源である。観光業もさかんで観光客受入数(2019年)は世界6位である。
 
※2 イスタンブール
トルコ最大都市で同国の経済の中心。都市圏人口は1500万人を越え,世界的な大都市の一つ。1453年にオスマン帝国に征服されるまではキリスト教のローマ帝国やビザンツ帝国の首都として,以後はイスラム教のオスマン帝国の首都として発展し,アヤソフィア・ブルーモスク・トプカプ宮殿など歴史的名建築を含む地区が世界文化遺産に登録され(1985年),世界中から観光客が絶えない。東西文化の融合する街であり,芸術家達を魅了し,多くの映画や小説の舞台となった。日本では1978年庄野真代の『飛んでイスタンブール』の大ヒットによって広く知られるようになった。
 
※3 NATO(北大西洋条約機構)
アメリカ合衆国を中心に,冷戦期のソ連の脅威に対抗する共同防衛組織として西側諸国(資本主義陣営)によって結成された(1949年)。冷戦終結後はかつて対立していた東側諸国(社会主義陣営)の国々も加わり加盟国が増加している。2023年にはソ連のウクライナ侵攻を背景にフィンランドが加盟して31ヵ国体制となった。トルコは1952年に加盟している。
 
※4 サバサンド
イスタンブールを代表するB級グルメ。市内で最も観光客の多いガラタ橋周辺では,焼いたサバをバゲットに挟んだだけのシンプルな料理を提供する屋台船が立ち並び名物となっている(トルコは小麦生産量世界10位で,世界で最もパンを食べる国の一つでもある。市内のパン屋もいずれもレベルが高い)。お好みで塩やレモン汁を絞って食べる。ただし,サバは地元産のものではなくその多くは北欧からの輸入である。
 
※5 モスク
イスラム教の礼拝堂。信者に祈祷の時間を知らせる尖塔(ミナレット)が外側に設置されている。礼拝前の清めを行う水場や広い中庭を持つものもある。
 
※6 ウルムチ
中国内陸部,新疆ウイグル自治区(2180万人)の区都。人口450万人(2021年)。自治区の人口の2割が集中するオアシス都市。イスラム教徒の多いウイグル自治区の都市だが,人口の7割は漢民族が占める。
 
※7 アルタイ系言語
ユーラシア大陸中央部を横断するように分布する言語体系。西はトルコから中央アジア,中国西部・モンゴルを経てシベリア地域まで広く分布する(地P123⑥)。
 
※8 イスタンブールユーラシアマラソン
毎年11月開催。2大陸にまたがる世界で唯一のマラソン大会。ヨーロッパ側からスタートしボスポラス大橋を渡り,アジア側でゴールする。全種目合わせて10万人以上が参加する超ビッグなマラソン大会である。
 
※9 アザーン
イスラム教の礼拝の時間を知らせる呼びかけ。ミナレットに設置されたスピーカーから,アカペラの音楽のように独特の旋律で決まった言葉が読み上げられるのが聞こえてくる。キリスト教の鐘と同じ役割を持つが,肉声によって行われる点が異なる。  
 
※10 トルコはフルーツ大国/トマト・なす・ピーマン
トルコの大部分はCs(地中海性気候)で晴れている日が多く,EUとも関税同盟を結んでおり,安価に栽培された野菜や果物がヨーロッパ市場に多く輸出されている。主な作物に,レモン(世界6位),オレンジ(8位),ぶどう(6位),りんご(3位),トマト(3位)などがある(データP57-59)。
また茶の栽培もさかん(世界6位)で,トルコ土産の定番としてアップルティーなどがある。

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