地理Bな人々(26) 中島ノート⑫ スワコプムントの少年
スワコプムントの民俗資料館を出てしばらく海岸線をぶらぶらした。
旧ドイツ領※1時代のきれいな街並みが続いていた。
風が強い。2月だというのにかなり寒い※2。
寒流ってこんなにも分かりやすく沿岸に影響を与えるのか。
軽食を売っている店を見つけ,ハンバーガーとコーヒーをテイクアウトし,公園のベンチで食べた。
木陰から7~8歳くらいの男の子がこちらを見ていて,目が合ったのでハローというと,彼は周りを少し気にしながら、もじもじと近づいてきて俺をじっと見つめた。
ほほ笑みかけると彼はぽつりと“アイムハングリー”と言った。
紙袋からハンバーガーを一個取り出して渡そうとしたら,知らぬ間に仲間の子供が2人ほど近寄ってきていて,一人が俺の差し出したハンバーガーをサッと奪って走り去ってしまった。
少年はワッと声を上げ大泣き寸前の表情になった。
俺は立ち上がり,少年と,いつのまにか隣にいた明らかにサイズが小さすぎるワンピースを着ている女の子を手招きして、さっきの店に行き15ランド※3のハンバーガーを2つ買って一つずつ手渡した。
少年は俺には見向きもせず一心不乱にハンバーガーを食べ始めた。
女の子は小さくサンキューと言ってから端からつまむように食べ始めた。
二人が黙々とハンバーガーを食べる横で食事を終えた俺がそれを冷静に見おろすというのは奇妙な光景のように思えた。あまり気分が良いものではない
手持ち無沙汰になった俺はふとリュックの中に使いかけのペンがあるのを思い出し,取り出して2人にプレゼントした。
口もとにケチャップを付けたまま二人はペンのキャップをはずすと,自分の手のひらに何か書き始め,
「すごい,書ける!書ける!」
と言いながら興奮して走り去っていった。
さっきまで半ベソだった少年はニコニコとこちらを振り返って大きく手を振った。
ナミビアの1人あたりGNI※4は5250ドル(これでもアフリカでは高い方だ)。
日本は41000ドル。ナミビアの8倍だ。
俺はあの少年より8倍幸福なんだろうか?
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※1 旧ドイツ領
アフリカ大陸は大半の地域がかつてイギリス・フランスの植民地で,ドイツ領だったのは,タンザニア,ナミビア,カメルーンなどがある(地39②)。ただし,1914年に始まった第一次世界大戦で敗戦国となったドイツはその後全ての植民地を失ったため,旧ドイツ領だった地域は宗主国が変わり,ナミビアは南アフリカ共和国の委任統治領となった。ナミビアで南アフリカ共和国の公用語の1つであるアフリカーンス語や,南アフリカの通貨であるランドが広く使われているのも,こうした経緯がある。
※2 2月だというのにかなり寒い
ナミビアは南半球なので2月は真夏なのです。ちなみにスワコプムントの月別平均気温は,2月は16℃,8月は10℃。寒流の流れる沿岸の地域は真夏であっても日中肌寒さを感じるくらいの気候なのです。
※3 ランド
南アフリカ共和国の通貨。1ランドは約8円(2024年)。
※4 1人あたりGNI
GNI(国民総所得)は,先進国では2万ドル以上の国々がほとんどで,2021年の統計ではアメリカ合衆国・オーストラリア,EU諸国など5万ドル以上の国も19ヵ国ある(日本は42600ドル)。アフリカでは,離島の国を除くと,リビア(原油の埋蔵量世界10位)の8400ドルが最高で,ナミビアは4500ドルで6番目である。アフリカには54の独立国があるが,そのうち21ヵ国は1人当たりGNIが1000ドル未満である。