見出し画像

他部署に異動し、しばらくして元上司から届いた一通のメール。

K課長の元で2年働いた。
元々、K課長は親会社から出向してきた人だった。

K課長はとてもせっかちな人だった。

自分が働いているのは親会社の機能分担子会社だった。
役職がついている人の殆どが親会社からの出向組だ。

ハッキリ言って、部下を教育しようとか、役職者としての仕事をしようという感じではなく、窓際に並んだ席に座り、出向組同士で一日中雑談をしているか、業務用パソコンでソリティアをやっている様な状態。

正直、子会社で雇用され働いている自分含め、子会社組の同僚の誰もが、本当の意味で頼りにしてたり、尊敬しているなんて事はなかった。

ただ、K課長は他の課長と違った。
いつも何かの資料をてにし、こちらに向かって早足でそれがどういう内容なのか、人的リソースに余裕はあるかという様な事を真剣な顔で、いつもかけているメガネを頭に乗せながら、真剣な顔で自分達の話しを聞く。

そして、疑問点が解消し、課長自身が納得するとメガネを戻し、笑顔で「ありがとう✋」と手をあげ、自席にヒョコヒョコ戻っていく人だった。

他のグループの課長と明らかに違った。

そして、いつもどこかで仕入れたちょっとした心構えの様なものをメルマガの様に送ってきた。

「お〜い、お茶。と言われて、すぐに出せば煎茶でもいいが、時間が経つほど、玉露を出さなければいけなくなる。」

「仕事はキャッチボール。ボールを受けたらすぐ相手できるだけ早く投げ返す。」

という様な、仕事への集中力が下がって眠くなったお昼休みの後なんかによく送ってくる。
結構楽しみにしていた。上司は親会社からの出向組が多く、三、四年でまた親会社に戻っていく事が多い。
そのため、真剣に向き合ってくれているのかわからない人が上司になる事が多かった。

しかし、K課長は自分に

「会社を代表して◯◯に出て見たらいいじゃん!ダメで元々だと思って、やってみたら?俺は意外といいところまで行けるんじゃないかと思ってるけど。まぁ気が向いたら声かけて!」

「今年の業務改善、リーダーとして挑戦してみたら?失敗しても経験だから。気が向いたら声かけて!」

と、色々とチャレンジさせてくれた。うまくいかなくても、いつも

「おつかれさま。」
「よくやったね。」
「残念だったね。でも経験だから。」

と笑顔で声をかけてくれた。

そして、ある時

「社内の研修制度を全面的に見直しをする事になって、資料を新しく作り直す事になったんだけど、やってみない?

半年くらいは他部署に異動してもらって、その後また、うちのグループに戻る予定だって聞いてるけど。

でも、残業はかなり多くなるだろうし、途中で止める事はできないし、うちに戻るっていうのもあくまで予定らしいから、やるならよく考えてね。」

自分は課K課長の申し出にすぐ快諾した。
そして、センター内から4人が選ばれ、研修制度の1からの作り直しチームとなった。

これからはじまる半年間、最後までやり切る事をお互い約束し、できるだけ良いものを作る事を目標として取り組んだ。
今後、新人として入ってくる派遣社員の研修制度を話し合った。

しかし、なかなか物事はうまくいかない。

特にキツかったのが、同僚からの当たりが強くなった事。
研修担当の人たちや、自分たちと同じ役職の同僚からのあたりが強くなった。

何か勘違いし、この新たな研修制度を作成するチームに参加してる者は出世組。のように、嫉妬されているようだった。

正直働く上でのモチベーションが一時期、とてもさがった。

そんな時、K課長から久しぶりのメルマガ夫婦メールが送られてきた。
色々と見聞きして、苦労してるだろう事に対する労いの言葉と
この経験が将来、必ず貴重な経験になる事など綴られていた。

そして

「置かれた場所で咲きなさい。」

と書かれていた。

これはあるシスターが書いた本のタイトルだった。
臨時に立ち上がってチームを組んでいる自分たちの所属は運営部だった。

違う部署で、顔を合わせる事も殆どなくなり、ましてや楽しみにしていたメルマガも来ることなんてなかったのに、モチベーションが下がってやる気を失いつつある事に気づいてくれていた。

どうも、どうしてるか気にしてくれていたみたいで、同僚に現在どんな状況かであったり、自分は仕事で自分を追い詰めてしまうところがあるので、そんな事を気にしていたようだ。

しかし、元上司とはいえ他部署の所属になった元部下に、直接接触するのは違うと考えていたようだった。
何かあれば今の上司に相談するべきだと。

ただ、我慢できなくなったのかメールをくれた。

社内では相変わらずの塩対応を貫いていたけど、うれしかった。
どんな状況になっても、「置かれた場所で咲きなさい」と言うあの時書かれていた、シスターの本のタイトルを思い出す。

最終的に、研修制度の再構築はうまくいった。
そして、半年後元のチームに戻る事なく運営部の所属になり仕事を続ける事になった。

その後、K課長は異動しその後定年退職をしたようだった。
課長が異動してから、二度と会う事も話すこともなかったけど、課長からのメールは専用フォルダに保存してある。

そして、部下や後輩に課長からもらった言葉を、今度は自分がたまに伝えている。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集