第9話 謎の番号52番
母が病気になりました。
病名は急性骨髄性白血病です。
2018年春、大好きな桜はまだ見ることができませんでしたが、
母は少し元気になりました。
毎日という訳ではありませんですが、調子が良い日は、家の隣のコンビニや、3分ほどの距離にあるスーパーにはひとりで行けるくらいになりました。
しかし、電車に乗って大好きなドン・キホーテに行くのは、急に具合が悪くなったりしたらと思うと不安らしく、私は付き添いを頼まれました。
母は記憶力も衰え、冷蔵庫に何があるか憶えてなどいませんし、そもそもストックがないと不安になるタイプの人間なので、買い物に行くといつもけんかになります。
ついでだから、ついでだからと、どんどん買い物をしようとするのですが、私は、家にある、家にある、と言って商品を棚に戻します。
また、瓶系の重い物や、ケッチャプ、マヨネーズ、料理酒、ですとか、とにかく重い物を遠い場所で買うのが大好きなんです。そういうときは、家のそばのスーパーにして!とけんかになります。そう、運ぶのは私なのです(笑)
母には、母の独特の好みがあります。
以前、お話した「しろくまくん」も私には味の違いがわかりませんが、ドン・キホーテの「しろくまくん」じゃないと喜びませんし、キムチも、梅干しも、母の中での好みがあるようです。そしてそれがブランドではないので、こちらは困るんです。わかりずらい名前だし、似たような名前がいっぱいなのです。
母は、例えは変ですが、大事な骨を埋めて隠す犬のようなところがあります。美味しいというものを凍らせて食べません。そして、入っていることを忘れてしまいます。
なので、似たようなものを買うときにも母にそれは冷凍庫にあるよと言います。すると母は決まって言います。
「いいじゃないの。買うのが楽しいんだから」
元気な時は、リックサックを背負い、バッグを斜めがけして、タイヤのついた旅行用カートを引いてドン・キホーテに行きます。それを満タンにして帰ってくるのが母の楽しみなのです。
多少歩けるようになりましたが、やはり病気になってからの母は、カラのリックサックを背負いますが、ほとんどのものは私が持って帰ります。
買い物を終えると、疲れた母は、すぐに座りたがります。病気になってみて初めて、街には座る場所が少ないことを嘆くことが多くなりました。
でも、新しい知恵も身に着けたようです。
今までとは違い、どこがエスカレーターで、どこがスロープ、どこがエレベーター!
と、私が知らないような道を通るのです。
そして極め付きは、52番…52番…52番…と謎の番号をぶつぶついいながら、駅のホームを歩くことです。
母は、使う駅のどこにエレベーターやエスカレーター、ベンチがあることを把握しており、それに合わせて乗車位置なども暗記しているのです。
そして、52番という謎の番号は、5号車2番目の扉を表すホームドアに書かれた表記のことでした。その番号のドアで電車に乗ると、最寄りの駅のエレベーターの前で降りることができるのです。
5号車2番と言ってくれれば、すぐわかるのに
「52番・・・52番・・・52番・・・」
と念じるから、全くわかりませんでした。
母は、母なりに新しいものを記憶しているのでした。
(続く)
イラストは元吉茉莉花さんです。twitter(@marika_3o210 )
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