「美容室は<美と心のコミュニティ>」プロフェッショナル専業のヘア化粧品日本最大手「ミルボン」が目指す未来
株式会社ミルボン 佐藤龍二
米国アカデミー賞公認短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」は、2018年の創立20周年に合わせて、対談企画「Management Talk」を立ち上げました。映画祭代表の別所哲也が、様々な企業の経営者に、その経営理念やブランドについてお話を伺っていきます。
第33回のゲストは、株式会社ミルボン 代表取締役社長 佐藤龍二さんです。美容室向けヘア化粧品で日本最大手の「ミルボン」。新型コロナウイルスの影響から今後のビジョン、デジタル戦略、そして「美」に対する思いまで、佐藤社長にたっぷりとお話しいただきましyた。
新型コロナウイルスの影響で業界の本質的な課題が顕在化
別所:最初に、ミルボンさんの事業について改めてお伺いできますでしょうか。
佐藤:ミルボンは、美容室を対象としたプロフェッショナル専業のヘア化粧品メーカーです。大手のヘア化粧品メーカーでは、プロフェッショナル向け商品と、小売店等で販売するパブリック向け商品の両方を手がけていらっしゃるところが多いですけれど、当社は、プロフェッショナル向けに特化しています。つまり、BtoCではなくて、美容室を通じてお客様に商品を販売していくという、いわば、BtoBtoCというビジネスモデルを採っています。1960年に前身となる会社が創業し、その後、1965年に社名を「ミルボン」を変更して以降、おかげさまでほぼ毎年増収を続けてきました。
別所:実は、僕の母は美容師で、僕が子どもの頃、静岡で美容院を経営していたんです。学校から帰って、美容院で母親が仕事する姿を見ていたのを覚えています。
佐藤:別所さんのお母様が! そうだったんですね! それはなにかご縁を感じますね(笑)。
別所:そうなんです(笑)。だから、実は僕にとって、美容室向けヘア化粧品メーカーさんというのは、馴染みのある存在だったんですね。そんなご縁もあるなかで、まずお伺いしたいのは、今回の新型コロナウイルスの影響について。状況はいかがでしょうか?
佐藤:影響は大きかったです。まず2月の段階で、中国での売上が昨年対比で84%程度ダウンしました。続いて、韓国、アメリカ、そして、日本、と次々に影響が出はじめた。もっとも打撃が大きかったのは、当社全体の売上の8割以上を占める日本国内での売上減でした。単月赤字は免れたものの、国内の売上は、昨年対比で、4月が約60%、5月は75%程度と厳しい数字となりました。ご存知の通り、大都市部を中心に休業される美容室が多かったですし、お客様にも美容室に行くのが怖いという心理があったのでしょう。
別所:自粛要請や緊急事態宣言の影響は大きかったでしょうね。その後はいかがですか?
佐藤:大きなターニングポイントとなったのが6月でした。国内の売上が、昨年対比で約118%まで伸びたのです。やはり髪は伸びますから。6月は美容室も忙しくなりました。当初私たちは、美容室にお客様が戻って来られても、あまり長時間滞在しないのではないかと予想し、カットだけが多いのかな、と心配していたんです。けれども、ヘアカラーやトリートメントをされるお客様も多かった。その結果、年末の繁忙期並みに売上が伸びて、それでなんとか一息ついて、第2クォーターを終えられたという状況です。
別所:たしかに、髪を切らない人はいないですからね。そのなかでも、with コロナの時代において、美容業界内部で変化を感じられていることはありますか?
佐藤:私は、6月に入ってから、当社の売上の約6割を占める全国の販売代理店さん十数社と、主要都市の大手サロンさん約30店を訪れ、情報交換してきました。その結果わかったのは、新型コロナウイルスの影響が大きかったのは、地方や住宅地の美容室よりも、大都市の中心部にあるサロンだったということでした。東京なら、銀座や青山、原宿、大阪なら、心斎橋や梅田などに店舗を構える美容室が特に厳しかった。
別所:どうしてでしょう?
佐藤:実は、その流れはコロナ前からあったんです。もともと美容業界は、少子高齢化の影響で、小商圏化しつつあった。つまり、お客様たちは、歳を重ねていくなかで、都市部のサロンに行くよりも、自分の住居や仕事場に近いところで、自分に合った美容室を探すという傾向が強まっていたんです。
そして、もう一つの要因は、女性の就業率の上昇です。いま、さまざまな働き方を合わせると、女性の約70%が就業していると言われています。そうすると、やっぱり職場や自宅に近い美容室でないと、なかなか生活が回らない。わざわざ遠くの美容室まで行くという行動様式が、少しずつ減ってきていたわけです。今回のコロナの影響は、それをさらに加速させるものだったのだと思います。
別所:たしかにそうかもしれません。
佐藤:さらには今回、美容室の休業によって、もともと存在していた労務の問題も浮き彫りになってきています。そもそも、美容は手仕事なので、生産性が上がりにくい構造です。そのため、保険や給料の問題を考えていくと、技術による売上だけで経営を成り立たせていくのは容易ではない状況になっていたわけです。今回、それが鮮明に現れた。つまり、結局、新型コロナウイルスの影響によってなにかが変わったというよりも、この業界がもともと抱えていた本質的な課題が顕在化した。それがまさに、今回起こった現実ではないかというのが私の実感です。
人ありきのファン作り
別所:なるほど。新しい課題に直面したというよりも、もともとあった課題がより鮮明になったと。新型コロナウイルスは、エンタメ業界にも大きな影響を及ぼしていて、僕が主宰するショートショートフィルムフェスティバル & アジアという映画祭も開催時期を延期しています。その映画祭のなかには、「BRANDED SHORTS」という企業のブランデッド・ムービーを集める部門がありますが、これからの時代のブランディング、あるいはマーケティングについて、社長はどのようにお考えでしょうか。
佐藤:もともとミルボンは、プロ向けの製品を扱うビジネスなので、私たちにとっての直接のお客様は、一般の方々というよりも美容師さんでした。そして、ミルボンは、美容師さんの成長のための教育活動を通じて、自分たちの存在価値を作ってきました。そのため、当社は、広告宣伝ではなく、美容師さんを支援する人材、つまり社員育成に投資をしてきました。美容師さんと顔を合わせるフェイストゥーフェイスのビジネスですから。
そうしたなかで、当社は数年前から、日々のヘアケア用品を美容室からお客様に販売する、いわゆる「店販」の仕組みづくりに取り組んできました。これはいわば、飲食店のテイクアウトやデリバリーのようなものです。この店販分野が拡大すれば、美容室は、スタイル作りの技術料に加えて、商品を販売することで、売上や利益を増やすことができます。
別所:今回のコロナで顕になった美容室のビジネスモデルの課題への対策にもなりますね。
佐藤:おっしゃる通りです。ただ、美容室での店販を強化していくためには、広告宣伝費を抑えたままでは難しいことがわかってきたんです。たとえば、ヘアカラー剤はお客様の要望を伺った上で、美容師さんが薬剤を選定するので、美容師さんに決定権があります。けれども、ヘアケア剤は、美容師さんのアドバイスをもとに一般のお客様も使用するわけです。そうなってくると、その商品のことや、ミルボンのことをお客様が認知されている方が、お客様の安心感や期待感につながります。それで、当社としても、ブランディングに取り組みはじめました。その基本的な考え方は、人ありきのファン作りです。美容師さんとお客さんのコミュニティを通じて、ミルボンを認知していただこうという。それが、現在の当社のブランディングの大きな柱です。
別所:僕もハリウッドで俳優としてデビューして、現地で教わったのは、ノウハウでなくノウフーだということでした。人とのつながりからこそ仕事は生まれる。いまでもそう信じているんですけど、いまのお話はそれに通じるものがあると思いました。そして、やはり、ミルボンさんのようにプロが認め、選んでいる商品というのは、一般コンシュマーにとっても大きな魅力があると感じます。
佐藤:それもブランドの一つと言えるかもしれません。やはりプロ用は、パブリック向け商品とはまた違います。値段は張りますけど、その分の価値はあると思っていただけるとありがたいです。当社のプロ向け商品をパブリック向けに販売しないのか、といったお話をいただくこともよくあります。宣伝すればきっと売れますよ、と。そういう時、私は必ず、「3年だったら売れる自信があります」と答えます。だけど、事業のあり方や、組織の規模を考えたときに、その先はわからない。だから、「潰れない会社を作る」という基本理念を持つ当社は、あえてプロ向け商品に絞り続けます。そして、そこで培ったノウハウを持って世界に進出し、今度は広がりを作っていく。そういう考え方です。
他社とよい形でコラボレーションを
別所:お話を伺っていて、ショートフィルムを通じて御社の物語を発信できたら面白いなと思いました。近年、様々な企業が自社のブランドを映像、物語で表現し、Webで発信しています。
佐藤:面白そうですね。まさに当社はいま、デジタルの強化をしているところで、大きく2つの分野に注力しています。その一つ目が教育です。これまでは、美容師さんの教育というと、サロンという組織単位での勉強会でした。けれども、いまはどんどんパーソナルなものが必要とされてきています。美容室におけるスタッフさんに、社員からパートさんまで様々な働き方をされています。そうした中で、一人ひとりの働き方に合わせて、いかにミルボンの強みである教育を、デジタルでパーソナライズして届けていけるか。そして、ファンを作っていけるか。そうした試みをさらに強化していきたいと考えています。
別所:一つ目は教育。もう一つのデジタル強化分野はなんでしょうか?
佐藤:二つ目は、先ほど少しお話しした店販です。私たちは昨年9月に、3年前から準備を進めていた「milbon:iD」というBtoBtoCのECを立ち上げました。これは、ミルボンが作ったプラットフォームに美容室さんが出店するという形で、美容室さんとお客様をつなぐECサイトです。お客様は、ご自身が実際に利用している美容室さんから商品を購入するというシステムになっているため、「milbon:iD」での売上は、店販と同様に、代理店さんを通して美容室さんの売上となります。サロンで対面カウンセリングを受けたお客様のみが利用でき、商品の流通はすべてミルボンが担っています。ここでも、商品の使い方やスタイルの作り方を動画にして配信しています。
別所:ECで便利なうえ、自分が通っている美容室さんから買えるというのは非常に嬉しいですね。まさにコミュニティづくりに大きく貢献していらっしゃる。
佐藤:それが、私たちの強みです。ミルボンは、美容室とは、「美と心のコミュニティ」だと考えており、これからの時代、ますます重要な存在になってくると思っています。いま、デジタル化が盛んに叫ばれていますけど、やはり人間は、心の温かさを求めていると思うんです。テレワークをずっと続けていた人がオフィスに行きたいと思ったり、ずっと家に籠もっていた人が誰かと一緒に外食したいと考えるようになるのは自然なことでしょう。ですから、デジタルとリアルのバランスをいかに上手くとっていくのかが今後非常に重要になってくるのではないでしょうか。そうしたときに、美容は、コミュニティづくりを含めてまだまだやれることがたくさんあると信じています。
別所:僕も俳優としてヘアメイクさんとお仕事する機会が多いので、おっしゃる意味がとてもよくわかります。人と人がリアルに接するからこそ生まれるコミュニケーションもありますからね。それでは、御社の今後について、佐藤社長がお考えのことを教えてください。
佐藤:これからの時代は、なんでもすべて自社でやるのではなくて、他社さんとよい形でコラボレーションしていくことが大事だと思います。一例を挙げれば、私たちは、昨年からプロ専用の化粧品事業をはじめるにあたって、コーセーさんと組みました。そして、そのほかにも、様々なコラボレーションを模索しています。もちろん、美容室さんとの関係もさらに強化していきたいと考えています。美容室は全国に約20万店あります。約5万店あると言われているコンビニの4倍です。そのなかで、それぞれの美容室さんが目指す形、大都市のコミュニティ、地方のコミュニティといった様々な在り方に一つ一つ丁寧に対応し、美容室さんを応援していきたい。そして、そこで生まれたつながりを世界に広げ、その結果として、世界で一番貢献できる企業になりたい。それが、ミルボンウェイです。
一人ひとりにそれぞれの美がある
別所:世界で、ということで言うと、海外と日本では美に対する考え、感覚も違ってくると思います。佐藤社長の考える美とはどのようなものでしょうか?
佐藤:私は、「美」あるいは、「美しさ」とは、人間がいきいきと自分らしく生きる活力だと思っています。ですから、定型の美があるわけではなくて、一人ひとりにそれぞれの美があると考えます。現在は、欧米の基準が主流かもしれませんが、本来は、地域ごとにいろいろな花が咲くはずです。そして、それを認め合ってこそ、人間はより美しく、豊かになれるのではないでしょうか。私たちは、その一つ一つの花が咲くためのお手伝いをしていきたい。大きな概念で言えば、それが、平和への一助にもなることを願っています。
別所:素晴らしい理念ですね。それでは、最後になりましたが、佐藤社長ご自身のお話をお聞かせください。
佐藤:40年ほど前、私は、最初に入った製薬会社を辞めました。そして、次の就職先を探しているとき、二つの選択肢があったんです。一つはミルボンで、もう一つは、大手のIT企業でした。当時のミルボンは、社員が90人の中小企業で、もう一方は、約1万人という規模だったと記憶しています。私はそこで、ミルボンを選んだわけですけど、どうしてかと言うと、1万分の1にはなりたくなかったからです。もっと言うと、私は高専卒だったし、中途入社になるから、頑張っても、1万分の1よりも上の立場にいくなんて無理だろうと思ったんです。一方、ミルボンならば、人が足らないので、学歴も何も関係なく実力だけで勝負できるはずだと。きっと、なんでもやらされるだろうけど、逆になんでもできるだろうと。それが本当に正直な気持ちです。
別所:なるほど。
佐藤:ミルボンに入ってからは、本当に稀有な経験をさせてもらいました。企業が上場していくプロセスに、まさに当事者として関わることができたんです。「なぜ上場するのか」「どういう大義を持ってやるのか」について真剣に考え、町工場から少しずつ成長して「企業」になっていく様を体感できた。もし私が別の選択をしていたら味わえなかった体験です。だから、私は、ミルボンに入って、本当に幸せだったと心から思っているんです。
別所:ありがとうございました。
(2020.8.24)