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アカデミー賞公認短編映画祭から学ぶ 動画マーケティングの最前線~ブランデッドムービーの可能性~ Vol.2


ブランデッドムービーは、企業のビジョンやメッセージを伝える新しいコミュニケーションツールだ。大量の情報に触れている生活者に興味を持たせることは難しい。しかし、ブランデッドムービーはエモーショナルなストーリーで読者の強い感情を生み出し、企業に対する興味や意欲が湧かせるのだ。サイボウズのブランデッドムービー『大丈夫』はワーキングマザーの現状を浮き彫りにして160万回以上再生され、テレビでも取り上げられた。次に制作した『アリキリ』シリーズでは働き方改革に疑問を投げかける内容で、こちらも話題になり、政治家や政府からも直接反応があった。サイボウズのブランディングに大きく貢献し、社会現象まで引き起こしたブランデッドムービーはどのように作られたのか。2018年4月5日に開催された「コンテンツEXPO東京2019」にて、サイボウズ(株)とショートショートフィルムフェスティバル & アジアが対談し、これからの動画マーケティングについて語った。

第一部「動画ブランディングの可能性」、第二部「ビジョンを貫き通してこそ企業の信用が生まれる」、二回に分けて当日の様子をレポートします。



ビジョンを貫き通してこそ企業の信用が生まれる



サイボウズ株式会社 代表取締役社長:青野慶久氏
ショートショートフィルムフェスティバル & アジア 代表:別所哲也



別所:「働き方改革、楽しくないのはなぜだろう。」というメッセージのもと「女性活躍」や「イクメン」に対する企業の取り組みの問題点を浮き彫りにする動画『アリキリ』も、大きな話題を呼びましたね。

青野:サイボウズのミッションが明確になってきて、「これからはチームワークをキーワードにしよう」と決めて作った動画です。昨今の働き方改革に問題を感じたので、そこに切り込んでいこうと。

別所:企業理念と社会課題をブリッジングしていったんですね。

青野:『大丈夫』の公開後、保育園問題や働きすぎ問題などがメディアでも取り上げられるようになったんですが、今度は「残業=悪」になって、「とにかく社員を早く会社から追い出せば経営者のやり方は批判されなくて済むんだ」という風潮が生まれてしまった。そこに輪をかけてプレミアムフライデーが導入され、「これによって一部の人は救われるかもしれないけど、多種多様な人がいる社会で本当に幸せにつなげられるのか」といった疑問を訴えた方が良いのではと感じるようになりました。ただ、政府批判になっちゃいますから問題提起する人はなかなか現れませんでした。だったら、サイボウズが批判覚悟で今の風潮に一石投じようと決意し、『アリキリ』を制作したんですよね。

別所:『アリキリ』ではサイボウズについて一切語ってないですもんね。ショートムービーですから映画のような超大作とも違うんですが、それでも賛否両論が巻き上がって、共感が生まれている。「わかる」とか「一言いいたい」とか、そういったノイズが生まれて、そのなかで社会現象を引き起こしたのはさすがです。サイボウズが注目されるきっかけになったのでは?

青野:新聞広告を出したのですが、すぐに反応がポンポン沸き起こってきて。驚いたのが、総務大臣や女性活躍担当大臣として活躍する野田聖子さんから「やるわね、見たわよ」とメッセージが来たり、小泉進次郎さんが「すごいね」と言って会社に足を運んでくださったりと、政治家の方からもダイレクトな反応があったことです。プレミアムフライデーについては、経済産業省の企画担当の方から電話が来て「プレミアムフライデーについていじっていただいてありがとうございます」と言われました(笑)

別所:それはすごい!「ありがとうございます」という反応だったんですね。

青野:すごく粋な方で。そのあと対談させていただいて、どういう背景でプレミアムフライデーを始めたのか質問したんですよ。そうしたら「プロモーションとしてわかりやすいから月末金曜日としただけで、本当は金曜日じゃなくてもいいし、早く帰るのが難しければ遅く来るのでもいいんです」と。こういうことって全然伝わっていないじゃないですか。ただ、この対談記事をたくさんの人に読んでもらったので、サイボウズが投げた石によって政府と一般の人の共通認識を作るきっかけを作ることができたかなと感じています。

別所:政府といっしょにやれることって意外とあるのかもしれない。もっと議論した方が良いですね。

青野:受け手側が情報をかき集めるだけでなく、施策を打ち出す側もきちんと背景を伝えて理想の社会へ繋げていく必要があります。

別所:サイボウズさんが大企業と違うのは、おもしろい動画で切り込んでいることですよね。これも青野さんならではなんですかね。



青野:いや、『アリキリ』も社内でかなり議論したんですよ。「社会に対してどう物を申すか」っていうのが難しくて、どうやってもとげとげしくなる。見ている側が「いたっ」って感じる動画になっちゃうんですよ。そこでプロデューサーが「きわどい題材なので、とげとげしくならないようにアニメにしましょう。アニメならちょっとコミカルになって、おもしろおかしく見られるコンテンツになります」と助言してもらって、アニメ動画になったんです。

別所:なるほど。政府の施策に対して意見を出すわけですから、リスクを負うわけですよね。際立ったコンテンツになる分、これによってサイボウズさんを好きになる人もいれば嫌いになる人もいますし。

青野:ただ、おもしろいのが継続の力です。最初は批判してきた人も、ずっと続けているとサイボウズはそういう立ち位置の会社なんだと認識してくれるようになるんですよ。気づいたら応援側に回っていて、最初の『大丈夫』では批判していたのに、次の『アリキリ』は肯定的に拡散してくれて…不思議ですよね。働き方改革も賛否両論で、たくさんの意見が出るんですが、世の中から注目される土俵に上げることが何よりも重要なミッションだったわけで、それは達成しているんです。

別所:最近の風潮として、なにか新しいことをするとクレームが目立ちがちですよね。

青野:企業動画を作った方が批判を受けて非公開にするケースもありますが、本当に残念だなと思ってます。ぜひ撤回せず、戦ってほしい。批判を受けても、さらにもう一度同じ動画を出すくらいの覚悟がないと「それぐらいの思いだったのか」と思われてしまいますからね。

別所:批判が殺到すると戦々恐々としますが、そこで撤退しない方が企業の是となるということでしょうか。

青野:そうです。そもそも、会社の目的は売り上げを上げることではないと思うんです。売り上げや利益をビジョンに掲げている会社ってほとんどなくて、お金以外の目的や理想を会社の存在意義にしていますよね。どんな逆風が吹いても、そのビジョンに向かって動画などのコンテンツを作り、メッセージを発信し続けるのが経営者の正しい選択でしょう。

別所:表現手法が問題になって取り下げられた動画広告は多くありますが、非公開にしてしまうと本来伝えたかった社会問題やメッセージが封印されてしまいますもんね。

青野:そのあたりは腹を据えて貫かないと、長期的なリレーションシップは築けないですよ。一時の誤解を乗り越えて長期的な信用を築くことが何より大切ですから。

別所:あと、どうやって信用を指標化するかも問題で。映画なら興行収入や観客動員などで数値化されますが、信用という観点で考えるとロイヤリティをどう作っていくかが企業の命題になりそうですよね。1万人の知り合いがいるよりも10人の親友がいる方が良いとか、数よりも質が重要だったりするじゃないですか。

青野:そうなんですよ。『大丈夫』はテレビで何回も取り上げられるほど強い反応があって、それだけの深いコミュニケーションができれば、最終的にマスメディアまで到達し、量も担保できる。良質なコンテンツを作れば広告費を出す必要なんてなくて、共感が共感を呼んで広がっていき、コアファンから世間に波及させる可能性を感じましたね。

別所:メディアをどう使うかも大事ですね。メディアとの付き合い方は今後も変わっていきそうですよね。



青野:サイボウズも多くのメディアを組み合わせて使っています。動画もオウンドメディアもSNSもやっていて、連携しながら生活者との関係性を作っていますね。企業ではホームページ担当とかソーシャル担当とか分業しているケースが多いと思いますが、一貫したメッセージがないとファンに不信感を与えてしまうので、一貫したコミュニケーションを維持できる体制を作ることが長期的なメリットにつながるんじゃないでしょうか。

別所:確かにメッセージは重要ですね。人々が共感してヒットするストーリーはベターライフとアナザーライフの2つです。ベターライフは「よりよい人生を送りたい、よりよい自分になりたい」というもので、アナザーライフは「自分ではこんな人生は送れないけど、こんな人生があるなら応援したい」と共感するもの。この2つをどう掛け算するかが大事だと思うんです。

青野:ああ、まさに『アリキリ』はアナザーライフに見せながらベターライフを伝えています。いい考えですよね。

別所:最後に…動画マーケティングは今後どうなっていくと思われますか。

青野:脅すようですが、企業の成長を考えるならやるしかないと思います。たとえば採用ひとつとっても、会社が魅力的じゃないと入社しないですよね。ストーリーがないと若者は入らないし、たとえ入っても残らない。ストーリーが価値になっている時代で、ストーリーづくりが生存戦略になっていますから。それくらい重要になっています。

別所:企業って下町ドラマと一緒で、創業者のストーリーがありますよね。それを耕して動画にすることでストーリーが深く伝わり、次の人が新しい時代を作っていける。こう考えると、動画は採用やHRなどさまざまな用途で企業の情報を発信できる物語りツールですね。

(文:萩原かおり)