【Bのはなし】老舗旅館のリブランディング「山形座 瀧波」さんに教えてもらったこと
一昨年(2016年)故郷の山形で同窓会があるという父の旅に同行した。その時にお世話になったのが山形 赤湯温泉の「瀧波」だ。
築350年を超える庄屋屋敷の趣きや昔ながらの旅館らしい温かなもてなしが心に残り、昨年(2017年)再び予約を入れた。サイトを見ると私が宿泊したすぐ後に大きなリノベーションを行ったという。その情報をあらかじめ得ながらも、いざ訪れて驚いた。同じ宿とは思えないほどモダンに変身を遂げていたのである。
以前大広間で自ら餅をつき、名物の「餅朝食」をふるまっていた顧問 須藤清市さんを、浮造りの杉の床にスワンチェアが並ぶフロントで見かけ、今回のリニューアルについて尋ねると、快くいろいろと質問に答えてくださった。
お話「山形座 瀧波」顧問 須藤清市さん
▲ 顧問の須藤清市さん。瀧波に生まれ、子どもの頃から手伝いをしては芸者さんに頭を撫でられながら育ったという。
———— なぜこれほどまで大きな方向転換を行なったのでしょうか
建物の老朽化、震災後に東北への観光客が減ったことなど、様々な要因が重なり、リニューアルの計画が持ち上がりました。その時に雑誌『自遊人』の編集長であり、古民家を改装した南魚沼市の宿泊施設「里山十帖」を経営する岩佐十良さんのもとへ相談にうかがい、新しい形で瀧波を立ち上げることになりました。現在は、企業での社長経験がある弟が経営を。アメリカで学んだ経験を持つ次男が総支配人を。家具のリペア職人であり東北芸術工科大学で教鞭をとる三男が家具や什器のコーディネイトをつとめ、それぞれが得意な分野を生かしながら、新しい瀧波を切り盛りしています。
———— 最も大きく変わった点はどこでしょうか
35室から19室へとぐっと部屋を減らし、接客に多くの時間を費やすことができるようにしました。さらに全室に源泉かけ流しの露天風呂を据えて、赤湯の温泉をどの部屋でも楽しんで頂けるようになりました。浮造りの杉、桜、栗、楢と使い分けられた床材に合わせて、空間が生きる北欧や日本の調度品を中心に設えています。
▲ 私が宿泊した蔵をリノベーションした客室。書斎感もあって持ち込んだ仕事もすすんだ。
———— 社員の方は新しく採用されたのでしょうか
写真のほとんどが以前と変わらない、地元山形出身のメンバーです。営業が叶わないリニューアル期間中は、里山十帖をはじめとする、日本の様々な旅館で研修を行い、ここに戻ってきました。新しい瀧波では、ひとりひとりが配膳をし、案内もし、掃除もする、マルチタスクで仕事をしています。ひとりひとりの責任感ややりがいが生まれているのかもしれません。
———— 旅館の仕事とはどんな仕事ですか?
温泉の管理に、建物の維持に、経営にと決してラクではありませんが、温泉旅館の仕事は何よりも楽しいと思っています。私たちの仕事は受け身ではなく能動的でクリエイティブな仕事です。こちらから何かを投げかければ、必ずお客さまの反応が返ってきます。またお客さまが、同じ館内着を着て、食事をし、心から気を許して過ごしてくださるのも、旅館ならではではないでしょうか。瀧波のスタイルは変わりましたが、ほどよく距離を見ながら、私たちがお客さまに関わっていくというもてなしは、これからも変わることはありません。
———— 今後どんな宿になってほしいと考えますか?
瀧波の魅力は、木造建築、良質な温泉、そして山形の豊かな食文化にあると思います。Webメディアの進化によって第三者のみに頼らず、私たち自身が私たちの思いや魅力を伝えられるようになりました。Webを見て一度たずねてくださったお客さまが、心のベースキャンプとして何度も訪ねて頂ける宿になりたいと思っています。生まれ育ったこの土地に、私自身深い愛着があります。ここを拠点に、まだまだ知られていない周辺地域を巡って頂き、地元に還元ができたらと思っているんです。
▲ 華やかな山形名物の菊のお漬物。あけび、米沢牛など地元料理を生かした食が夕食・朝食に並ぶ。
【お話をうかがって】
今回のリニューアル後の再訪時に、宿泊客が大広間に一堂に集まった中で、清市さんが自ら餅をつきながら朝から賑やかなパフォーマンスを見せてくれる、名物の「餅朝食」がなくなっていた。これをはじめとして、多くのことを瀧波は思い切って“断捨離”をした。今まで好評であったサービスまで見直して失くすというのは、相当な勇気が必要であったと思う。しかしそれによって宿泊客は、宿を出発する前に山形の朝の空気の冷たさを感じながら、泉質のよい赤湯の露天風呂をのんびりと楽しむ余裕ができた。宿のもてなしの核は、なんといっても山形という地域と温泉だ。失うものの代わりに、浮かび上がってきたもの、得たものも大きかったのではないだろうか。
【瀧波のリブランディングのポイント】
●第三者の目が入った(「里山十帖」岩佐十良氏がクリエイティブディレクターとして参画)
●小規模化、サービスの見直し。断捨離により「らしさ」が明確に
●モダンになったが、変わらずもてなしの距離は近くあたたかい
●自らがメディアになって伝えることをはじめた
●経営陣は変わったが、働き手は辞めた人がほぼいない
創業100年を超える山形・赤湯温泉の老舗旅館。本館は上杉藩大庄屋の曲がり家を移築している。大規模改装を終え、2017年夏にリニューアルオープンを行なった。
(取材:川原綾子)
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