重箱の隅をつつく13: No.9の伊太利屋 Porsche
ガレージ伊太利屋は嘗て「GOJI」などのブランドで知られる婦人服メーカー系列の自動車輸入販売会社であった。
1976年の創業で外車の並行輸入が主たる仕事であったが、1982年にLanciaやMaseratiの輸入販売権を獲得し、日本自動車輸入組合に加入し、正規ディーラーとなった。
1970年代から1980年代にかけて、Le Mans等の内外のレースに参戦するレースチームのスポンサーとなって活動した。
伊太利屋がスポンサーのレースカーは種々あるが、最も有名なのはPorsche であろう、伊太利屋カラーに塗られたPorsche 962Cは種々のレースで活躍し当時の若者は胸を踊らせたと聞く(残念ながら筆者は修行中の身、雑誌で結果を知る事しか出来なかった)。
以下に、種々のモデルを供覧する。
さて1989年、No.9のJoest Racing Porsche 962CはSpark(SP)の他に、Ignition Model(IM)からも出ているが細かい所は当然、リアウイング周りがかなり異なる。この違いを知ろうと種々のデータを探して驚いた。
IMの製品はJoest Racingがルマンに挑戦した車で決勝3位となっていた。
SPの製品は1989年富士1000kmとなっている。
これを検索すると先ず4月30日のレースに行き着く、この結果を検索すると、どこにも結果が書かれていない、最初予選で壊れて決勝に参加しなかったのかと思ったが、参加17台で決勝結果も17台でNo.9の番号は記載されていない
この年のレースを検索すると10月8日に同じ富士1000kmでもインターチャレンジFuji 1000kmがあり、これに名前があって91周DNFの結果も記載されていた、因みに4月のレースはJAFグランプリ全日本富士1000kmとなっていた、台座には富士1000kmとなっているので強ち間違いではないが、正確な記載があればと思う。
因みに、SPの車とIMの車は、Joest Racingのエントリーが同じでもシャーシナンバーが異なる車であることが分かった、レースの歴史に興味ある身には嬉しい知見であった。
参考文献
1989年の全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権:Wikipedia 2023.02.12