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『主戦場』2019年という映画に関連した従軍慰安婦問題の議論(その3)

 「本稿(3)」は,従軍慰安婦問題に関する映画『主戦場』が2019年4月封切られてから2ヵ月が経ったころ(2019年6月25日),実際にこの作品を観賞した人たちが直後に述べていた “いろいろな感想” をめぐり,本ブログ筆者なりにさらに詰めが議論をしたつもりの「記述の最終回」となる。

 付記)冒頭画像はミキ・デザキ監督。『文春オンライン』から。

 さきに今回なりにこの映画『主戦場』の基本情報を再度,記しておく。

 『主戦場,SHUSENJO:The Main Battleground of The Comfort Women Issue』2018年製作映画 

  監 督   ミキ・デザキ,上映日 2019年04月20日 上映時間:122分
  製作国   アメリカ・日本・韓国
  ジャンル  ドキュメンタリー
  脚 本   ミキ・デザキ


 なお「本稿(1)(2)」から順に読みたい人は,こちらへ移動して閲覧されるようお願いしたい。また,この2稿のさらに前編として公表していた記述も併せて指示しておくことにした。

 以下に,「本稿(2)」にまでとりあげてきた,この映画『主戦場』2019年4月封切に対して多くの人たちが語っていたその感想は,28名分になっていた。この「本稿(3)」はその続きを「29番目の人の感想」からつづけて記述する。

 29 Hiros 2019/05/04 18:13

 立ち見でるほどの盛況。客の9割以上はジジイとババア。あまり寝てなかったのもあり前半やや落ちた。

 ケント・ギルバートが自分のしってるニコニコしているだけのケント・ギルバートではなかった。

 補注)この指摘に同感する。いまでは初老に爺さんになったケントの顔は,率直に感想をいえば, “視覚的な印象” にこだわるまでもなく,かなり醜悪に映っていた。彼の吐く意見そのものもさることながら,昔,日本にアメリカ某州弁護士資格の肩書きで乗りこんで来て,「外タレ」風に活躍し出してから,すでに十二分に稼いできたはずだと思っていた。

 ところがここに来て,なぜ,従軍慰安婦問題をとらえては悪乗り的に俗悪な著作を公表するのかなどと観ていたら,右翼(保守・反動)の「白人応援団」の1人として,すっかり衣替えを済ましていたわけである。ネトウヨ受けするだけのつまらない人物に変身していた(落ちぼれていた)。

 ケントが最近公刊した本の中身のなかには,不正確(はっきりいえばデタラメ)に書かれた部分があると批難されていた。そこには,ケント自身がじかに調査したり考えたりしたうえで,書いたのではない段落があったという裏事情もからんでいた関係上,多分,三百代言的な口舌「以前」のいいかげんさを,自著の公刊においてわざわざ露出させたことになる。

 ともかくケント・ギルバートは最近,いうなればリバイバル的にではあったが,この日本国内においてはなばなしく再登場してきた。けれども,いつしかからは,極右的な脳細胞だけをみごとなまで活性化させえた「おのれの人相」を「お面」としてかぶり活躍していた。

 しかもケントは,ネトウヨ根性丸出しの駄本を書いて販売したところ,これが大いに売れていたというから,右翼陣営にとってみれば,それなりにたいそう利用価値のある在日アメリカ人(しかも白人系)であった。

 ただし,本の内容もそうであったが,この記述がとりあげている映画『主戦場』のなかで紹介されたケントの発言は,常識以前の駄弁に終始していた。ケント(など)が従軍慰安婦問題に関して,彼女らは「売春婦でした」といった,つまりお決まりの〈意図的な誤説〉は,根拠のない一面的な決めつけであった。

 このケントなどもくわわって主張された「従軍慰安婦」問題についての特異な解釈は,観念論的イデオロギーを専攻,充満させていただけに,この問題に真正面から立ち向かい討議する姿勢とは無縁であった。

〔記事に戻る→〕 考えるべき映画のため再鑑賞予定。

 30 三樹夫 2019/05/03 23:30

 この映画のスタンスとしては,慰安婦20万人の20万という数字には疑問がある,20万人や40万,8歳,10歳の少女が慰安婦にとかいうセンセーショナリズムはやめろとし,また,慰安婦について両方にインタビューした両論併記というより,とくに後半からが,歴史修正主義者(極右とビジネスウヨ)に対して反証していく作りとなっている。

 補注)従軍慰安婦問題に関してその人数を計上することは難題になっていた。なぜならば,敗戦直後,日本政府やとくに軍関係では書類を焼却して自分たちの戦争期における行跡を,徹底的に隠蔽:無化させたからである。

 それでも一部に戦争期の記録が残っていなかったわけではないが,その記録隠滅作業の徹底ぶりは,敗戦を理由して行動であったとはいえ,自分たちの悪業をともかく隠すために必死であった様相を教えていた。

〔記事(感想)に戻る→〕 たとえば,国家というのは謝らないんですよという藤岡信勝の発言のすぐあとに,アメリカの第2次大戦中の日系人に対しての扱いを謝罪しているレーガン政権期の映像が流れる。まあ,反証していくというか,歴史修正主義者が勝手に自爆していっただけともいえるが。

太平洋戦争時における日系アメリカ人収容所の一例

 杉田水脈の,アメリカに慰安婦像が建てられるのは,中国と韓国は日本より優れた技術をもてないから,日本を陥れるための中国の陰謀,というのには頭を抱える(こんなのが歴史修正主義者側からポンポン飛び出してくる)。

 映画の冒頭でも,日本にある差別というのを監督が Youtube に投稿したところ,日本に差別なんかないとネトウヨから差別的なメッセージが送られてきたという,この映画は歴史修正主義者とネトウヨのバカっぷり終始炸裂する。

 しかし,暗澹たる気持になるのは,歴史修正主義者の差別意識にまみれた発言に対しては当然のこととして,こういった歴史修正主義者が重要なポストに就いていたりと,すでにある程度の力をもってしまっているということだ。

 慰安婦に関する文書はないとかいってて,どうせ破棄したんだろと思ってたらそのとおりだった。この都合の悪い文書の破棄というリアリティを現政権が高めているという皮肉というかディストピア。

 最後に歴史修正主義者のラスボスで加瀬英明が出てくるんだけど酷い。慰安婦問題を教科書にのせる必要はない,教科書には明るい話だけのせればよくて,学校を卒業をしたあとに各自で調べればよい,とかいっときながら自分は人の本を読まない。日本がアメリカに戦争で勝ったからアメリカは奴隷制を手放すことになった(!?),など。

それなりに個性のある加瀬英明の顔面

 歴史修正主義者側全員ひどいけど,加瀬英明と杉田水脈が飛びぬけてひどい。慰安婦問題がここまで注目を浴びるのは,下世話な好奇心を刺激するからではなく,人権問題だからだと怒りがこみあげてくる。

【参考画像】-従軍慰安婦問題「否定派」の面々-

向かって左から2人目が杉田水脈
3人目がケント・ギルバート

 この映画は慰安婦問題についての対歴史修正主義者問答集みたいになっていて,慰安婦は大金を貰っていた ← それビルマの話だろ。金額はすごくても当時ビルマはインフレで大した額じゃない。

 首に縄付けられて強制連行された慰安婦はいない ← 強制連行という言葉のなかには,仕事があるよなどの甘言も含まれる(首に縄付けられてって,体温40度以上じゃなければ風邪ではない,38度 39度 程度じゃ風邪とはいわん,みたいなハードルをものすごく高くして強制連行をなかったことにしようとしてるよね)。

 ほかにも想定問答集みたいなのがいくつかある。

 また,なんで歴史修正主義者が慰安婦はなかったということにしたいのか,元ナショナリストの日砂恵ケネデが答えていて,自分と国とを同一化しているため国の過ちをあたかも自分が批判されているように感じてしまうと。自分=国になちゃってるから,国への批判=自分の批判となる。

 白人が日本褒める日本凄い番組みて気持良くなってる奴も,このメンタリティでしょ。日本凄い → 日本=自分だから自分凄いってなるんだろう,バカバカしいが。たとえば,オリンピックで日本人選手が何個金メダルとろうがその選手が凄いんであって,お前は凄くともなんともないわ。

 この映画ではなぜ,自分=国になっちゃうかまでの考察はなかったけど,それは満たされない生活送ってるからじゃないの。国っていうでかいものに自分を同一化することによって,自分が大きくなったと錯覚してんじゃないのかな。そんなんでみじめな自分の人生を忘れられる(?)とズートピアの台詞を思い出す。

 補注)『ズートピア(ZOOTOPIA/ZOOTROPOLIS)』(2016年)は,監督「バイロン・ハワードとリッチ・ムーア」が制作した映画である。ごく簡単に粗筋を説明しておく。 

 あらゆる動物が住む高度な文明社会を舞台にした,ディズニーによるアニメーション。大きさの違いや,肉食・草食にかかわらず,動物たちがともに暮らすズートピアで,ウサギの新米警官とキツネの詐欺師が隠された衝撃的な事件に迫る。  

 製作総指揮をジョン・ラセターが務め,監督を『塔の上のラプンツェル』などのバイロン・ハワードと『シュガー・ラッシュ』などのリッチ・ムーアが共同で担当。製作陣がイマジネーションと新たな解釈で誕生させたという,動物が生活する世界のビジュアルに期待が高まる。

〔記事(感想)に戻る→〕 この映画は日本会議までゆきつくけど,日本会議が家父長制を敷こうとしているのって,家父長の所に自分を当てはめて,家父長のいうことは絶対=自分のいうことは絶対として,他者を支配したいからでしょ。

 この映画を観ていると,なぜ国立の文系はいらんという圧が強まっているかよく分かる。そら,吉見義明みたいな歴史学者は自分たちに都合悪いもんね。ただ,政府が国立の文系はいらんというのはまだ分かるけど,政府以外の奴でも文系いらんとかいってる奴がいるのはどうしたものか。

 補注)吉見義明(1946年生まれ)は,東京大学文学部国史学科卒,同大学院人文科学研究科国史学専攻修士課程・博士課程修了,東大助手などを経て中央大学商学部教授(現在は名誉教授)。

『朝日新聞』2017年1月24日朝刊
吉見義明の定年最終講義記事

 文系廃止という強い権力をもつ側に自分を重ねて自分が大きいと錯覚する,「自分=国」と同じの,権威主義的パーソナリティみたいなもんだとは思うが,俺がいままで聞いたなかで一番納得しているのは,

 MTで普通免許取った奴がAT限定に無意味な優越感もつみたいな,いわば理系マウンティングというか,理系の奴が文系はいらんということで,自分のなかで『理系>文系の優劣』が助長され,理系の自分は凄いと優越感に浸れるというもの。

 そんなんでみじめな自分の人生を忘れられる(?)とズートピアの台詞をもう一回思い出す。

 31 TaichiShiraishi 2019/05/02 15:34

 どちらの論に加担するとかそういう話は一度置いておいて,笑えて考えさせられるドキュメンタリーとして編集や取材の細かさ,資料の提示の仕方などが秀逸。監督の淡々としたナレーションも面白い。

 マイケルムーアほど過激じゃなく,公平にみえて,でも公平じゃなく否定論者たちを小馬鹿にしている感じが劇場でずっとクスクス笑いを生んでいた。日系アメリカ人っていうのがちょうどいい立ち位置なのかな。

 ちなみに,SNSでこの監督を朝鮮人に違いないとかいってる奴らはもう救えないと思う。

 補注)ということは,こういう映画を制作できる「在日特権」ならぬ「日系アメリカ人特権」でもあったのか(?)などと混ぜっ返したくもなるが,SNSの空間では “そこまでも徹底してバカがいいきれるのだ” となると,呆れるほなく,もう絶句しかない。

 いわゆる「在日認定」という表現もあったが,「在日日本人」の立場のある者たちは,そのあたりに関して,なにかに関した真犯人探しすることじたいに,たいそう価値があるかのごときに,つまり偏執狂的に詮索することが大好きであった。

 くわえていっておくと,本ブログへのコメントを送信してくれた人のなかにも,その馬鹿さ加減でいえばなんのその,けっして負けない人もいたゆえ,ネット社会における言論次元に関して発生している,発言「そのもののゴミ化」は,まことにはなはだしかった。

〔記事(感想)に戻る→〕 いろんなトピックに分けて,慰安婦否定論者とそれに対抗する人びとの論が交互に描かれる。もちろん,デザキ監督のバイアスがかかっているのは間違いない。否定論者側のインタビューされてる人たちが専門家というわけでもないメンツなのも,まあ卑怯といえば卑怯かも。

 櫻井よしこ,ケントギルバート,杉田水脈,テキサス親父,テキサス親父の日本人マネージャー(なんだその職業),etc ... 。彼らの論が薄っぺらというか願望こみで語られていて,しかも語っている姿もなんか頼りなさげ。

 逆に右派界隈でもガチ勢でちゃんとした人たちはこんな釣りには引っかからなかったんだろうけども。

 補注)この「右派界隈」の「ガチ勢」で「ちゃんとした人たち」とは,いったい誰のあたりを指すのか? 従軍慰安婦問題では秦 郁彦しかみあたらない。あとは居たととしてもゴミ箱入りを,死せずしても待つだけの者たちしかいなかった? それとも,すでにそのゴミ箱のなかから「なにかを必死に叫んでいる」ような人たちならば,いたのか?

〔記事(感想)に戻る→〕 そんでこの否定論者たちのいうことに対しての反論を,歴史学者やジャーナリスト,活動団体の人たちが被せ気味にいってくる編集がかなり笑えた。

 そりゃ慰安婦肯定側だって正しいかはこの映画だけじゃわからないけどね。1を10くらいにいっている可能性だって感じられる部分はあったし。それでも本作〔を〕観るかぎりでは肯定側の方が信用できる。

 もちろん,過去の出来事をなかったなんて証明するのは無理なんだから,最初から否定側が不利だけど。印象的だったのは事実かどうかの話ではなく,事実をどう受けとるかが争点になっていた部分。

 慰安婦がお金をもらってたまに娯楽を享受できていたんだから性奴隷ではないっていう右派の主張に対して,そもそも奴隷というものの認識が違うと思ったり。アメリカの黒人奴隷だって自由時間も休暇も娯楽もあったけども奴隷という事実は変わらない。むしろそのくらい許さないと維持できないし。

 あと強制連行というのが縄で縛って官憲が連れていったなんて,あからさまなものだけだと思っている人が多いのも,ちょっとどうかと思う。いい仕事があるという甘言による詐欺も強制連行に入る。

 それに現代日本だって,給料もらって休日も与えられているけど会社の奴隷みたいな人だっているし,自分の意思で会社入ったけど長時間労働やパワハラで正常な判断できず逃げられない人だっているしね。

 補注)「社畜」ということばがあった。その語彙はこうである。

 日本の企業で造語され使用されてきたが,最近ではほとんど聞かなくなった。社員が自分の勤めている会社に飼い慣らされ,自分の意思と良心を放棄したごとき精神状態になっているがゆえに,サービス残業や転勤もいとわない「奴隷と化した賃金労働者の状態」を意味するが,この実態を揶揄したり自嘲したりする言葉であった。

 語源としては「会社+家畜」で造られた造語・俗語であり,「会社人間」や「企業戦士」などよりも,侮蔑感が強烈に込められていた。

 しかし,昨今における会社経営のなかでは,正規と非正規の雇用形態の分化,とくに後者の雇用契約を結んでいる労働者群(2023年における非正規雇用労働者の割合は36.9%,ただし男女間ではさらに大きな差があるが)にとってみれば,皮肉にも「社畜になりたくてもなれない」日本における産業社会の現状になっている。

〔記事(感想)に戻る→〕 それから慰安婦が誕生し,戦後長らく被害者たちが語れなかった理由に韓国の儒教的な男尊女卑社会の弊害があるのも,しっかり批判していたのは好感もてる。要するにいろんな要因が重なっていたのか。貧困で慰安婦にしておいて,終わったらそんな女は恥だとかいうのは本当にひどい。

 右派のどっちもどっちの矮小化論で出がちな,各国に慰安婦がいたとか韓国だってベトナム戦争でいろいろやったみたいな話に〔対して〕も,しっかり言及したうえで反論してみせたのも,ちゃんとしていた。他国がどうだからという理由で,日本の悪事が小さくなるわけではない。

 一番痛快だったのは韓国・中国は嘘は当たりまえで,騙すより騙される側が悪いっていう文化なので食い違うんですって主張に対して,速攻で向こうの現地人にインタビューして「いや,嘘つく方が悪いでしょ」って映像を流していたところかな。ああやって他国の文化を dis るのは本当によくない。

 そうやって否定論者たちの意見をことごとく潰していくテンポが良くて,論点も整理されていて非常に観やすい。

 そんでラスボス的に出てきた日本会議の偉い人はどんなことをいうのかと思いきや,ミニラみたいなオッさんが現われて,「なんでみんなあんなくだらない問題に関心があるんだ」っていったあげく,左派はもちろん右派の慰安婦に関する本も読んでないくせに正しい歴史学者なんて名乗る始末だから,劇場の失笑感はハンパなかった。やる気ないなら出てくるな(笑)。

 ほかの右派の言論人に謝った方が良いくらい,アイツは酷かった。

 補注)ここで「アイツ」とは加瀬英明のこと。つぎの『X』をみたい。

類は友を呼ぶの好例
撮影は2018年2月4日

 この『X』のツイート(ポスト)で杉田水脈は,こういっていた(杉田水脈‏ @miosugita)。  

 土曜日は,ホテルニューオオタニで行われた「復讐裁判だった東京裁判DVD上映会&加瀬英明先生の特別講演会」に参加しました。午前9時から始まり,5時間弱のDVDの上映の後,加瀬英明先生の講演をお聞きしました。とても勉強になった1日でした。(以上画像の文章から)

杉田水脈の発言

もっともこの加瀬英明自身が,従軍慰安婦問題が「問題そのものとして存在する」点をしらないわけがない〔と推断するのが当然〕。また,この加瀬が吉見義明のことをしらないとも反応していたが,これまたいささかならず “わざとらしい応え方” だったと解釈されるのが自然。

〔記事(感想)に戻る→〕 ドキュメンタリー兼エッセイ的映画としてはちょっと終盤,慰安婦問題から飛躍してちょっと陰謀論に片足突っこんでたのが,面白いは面白いけどこれだと観る人がより狭まってしまうなと思ってしまう感じでちょっと残念。安保問題とか安倍晋三の話とかはまた別の映画でやってもいいんじゃないか。

 補注)安保と安倍晋三の問題をこのようにしか理解できないのは,この感想を書いた当人が前段で「この映画を観ていると,なぜ国立の文系はいらんという圧が強まっているかよく分かる。そら,吉見義明みたいな歴史学者は自分たちに都合悪いもんね」と断わっていた点とはチグハグな印象を抱かせるほかなくなり,つまり話に一貫性が感じられない。

 安保も安倍晋三もこちらの問題は,基本的にはいうなれば「文系の問題」意識が不足している理解度だと,「従軍慰安婦問題に関する議論」が不全になりがちになるのと同然に,問題そのものを真正面からみすえた観察を困難にさせる点を忘れてはいけない。

〔記事(感想)に戻る→〕 いろんな意見があるし,この映画観て議論が盛り上がったらいいと思う。一番問題なのは,劇中でちょくちょく出てきた慰安婦問題について聞かれても,なんのことかすら分からない若者たちだと思う。

 こんだけいろんなメディアで議論されてるのに名前すら聞いたことないって,アンテナ張らない人は,とことん張らないもんなのかと悲しくなったり。どっちの意見になってもいいが,日本の名誉にもかかわることだからせめてしっていて欲しい。

 補注)日本の教育では近現代史をちゃんと教えてこなかった点は,以前から指摘されつづけてきた。だが,ここでも関連する問題性が浮上したかたちとなった。

 ともかく従軍慰安婦問題は,安倍晋三〔政権〕にとっては,子どもたちや若者たちに対して,一番「教えて(触れて)はならぬ歴史問題」であった。その存在すらもともと存在しなかっただから口に出すな,とまで喚きたててきたのが,アベノポリティックスの基本的な思考であった。

 したがって,つぎのようにがんばっていってみたところで,この政権がつづくあいだは,この歴史問題に対する政府の認識に改善などまったく期待できない。

 補注)安倍晋三の第2次政権は2020年9月16日に終わっていたが,その後における日本の「政治経済の状態」は,いっこうによくならない。「失われた10年」の第4周回目にまでも,なんとなく無感覚的に突入してきた「昨今の岸田文雄(丸出だめ夫)政権」流の,いわば,キシダメノミクス的な無能さかげんは,それでなくともなにごともが一筋縄ではいかなくなっているこの日本の全容を,単純明快に要約的に反映させていた。

〔記事(感想)に戻る→〕 しらぬ存ぜぬは許しません。ラストで右派から心変わりした女性が語ることが一番俺の意見に近い。無理やり日本がすべて正しいとか過去を否定しようとしても,名誉回復どころか逆に日本の国益を損なうから,そこはちゃんと考えなくてはいけない。

 もちろんこの映画のことも全部信じたりはしないけど,単純にめちゃくちゃ面白いし,もっとみんなに観てほしい。

 32 mmmovie 2019/04/27 18:59 

 京都シネマ 監督の舞台挨拶あり。満席で立ち見の方が10人ほど。

 同じ場に両者を置く討論スタイルではなく1人ずつ交互に切り替わる場面で両者の表情とあわせた生コメントを観て,どちらが理性的,納得できる理由をもっているかが観ている側が判断できる。合間に当時の人身売買禁止の条文情報などあり。杉田議員がしょっちゅう画面に登場するので印象に残りやすいのだが。

杉田水脈が語る場面

 杉田〔水脈〕さんが半笑いのとき発言に自信がないのかな(?)と感じた。『私たちは真実をいっているんです』のあとの,『二次被害に当たるかどうかはわかりません,しりません』というとき。

 肯定派の人びと(歴史学者など)は真実という言葉を使っていなかった,というデザキ監督の YouTube での話を聞いていたので,ああ,否定派はもっともらしく『真実』を多用するなぁ,と感じた。(軽々しい『真実』の多用は,否定派の嘘っぽさが増す演出の一助になったと感じた)

 左と右というか,知性と非知性という印象をもった。(とくに加瀬氏の発言『歴史学者? 読んだことありませんよ,その人の本,しりませんよ ぼく そういうのは読まないんで』はトンデモでびっくり…)

 補注)繰り返すが,この加瀬英明の発言は信頼できない雰囲気を濃厚に醸していた。この加瀬はみずから「自分は無教養であることを,進んで認めるような話の筋」になるほかないように,それでもなお自意識過剰気味というか,作意を含めた「発言」を,しかも明らかに平然と放っていた。

 まさか,当人は本気で自身のことをそうだとはけっして思ってはいないと,推察しておくほかなかった。この推察の仕方を採ったうえで,加瀬英明のいいぶんをじっくり聞いていけば,この人物に付着していた胡散臭さに対する観方からして,また根本から異なってくるはずである。

 前段に出ていたとおり加瀬英明は,従軍慰安婦問題をも含み深く関連する「東京裁判史観」批判論を講演する能力をもった人間である。それでいて,従軍慰安婦問題にかぎってとなるが,

 「自分はこの問題を研究する有名な歴史学者:吉見義明の姓名をしらない」と,完全にとぼけて答えていた。したがって,この種になる「彼の答え方」は,とうてい鵜呑みにして了解できるものではありえなかった。

〔記事(感想)に戻る→〕 最終的にでてくる日本会議の存在と政権のつながり。こういう流れの作品だろうなとはうっすら想像していたけど非常に納得。

 元ナショナリストの方の話もあるなど非常に情報量が多いけど,もう一回,整理のためにも観たい。もっと上映施設増えてほしい! 面白かった!(ここでようやく引用終わり)

 日本会議という組織の名前が出ていたので,関連する資料を以下に2点かかげておく。その理解の助けになるはずである。

単なるつきあいで氏名を連ねている国会議員もいるが
これが特定の意思表示になることは当然である
『朝日新聞』2017年4月12日朝刊

 註記)以上,本日までの「本稿(1)(2)(3)」2024年6月17・18・19日の記述は,「 #主戦場 」の,https://filmarks.com/movies/83222/spoiler〔~ ?page=4 〕を引用しつつ,これを具材に使い議論をしてきた。

 以上に参照してきたこの『フィルマークス 映画』「Filmarks 映画情報上映中の最新映画作品主戦場のネタバレ・内容・結末」の議論以外にも,『主戦場』に対するネット上の感想を集めたサイトは,まだいくつもある。

 それでも,このフィルマークスに寄せられた感想を,これだけまとめて読んでもらえれば,『主戦場』をめぐる「話題性」に関した「賛否両論」に関する「おおよそでもその全体像:基本枠組」は理解できるはずだし,その核心に実在する「従軍慰安婦」に関した問題基盤の把握もできると思いたい。

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          ◆ 関連する記事の紹介 ◆
 
 以下に付記するリンク先・住所の議論だけでないが,現在まですでに多くの議論が,この『主戦場』をめぐってはなされてきた。

 ◆-1 犬飼 淳「映画『主戦場』で再び注目の慰安婦問題。12年前の安倍総理答弁を信号無視話法分析」『HARBOR BUSINESS Online』2019.05.04,https://hbol.jp/191587

 ◆-2 篠田博之・月刊『創』編集長「映画『主戦場』は日本の「慰安婦タブー」に新しい風穴を開けるかもしれない」『YAHOO! JAPAN ニュース』2019/5/4(土) 18:32,https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20190504-00124778/

 ◆-3 朴 順梨・ライター「慰安婦映画『主戦場』リアルバトル 『騙された』vs.『合意を果たした』」『NEWSWEEK 日本版』2019年6月7日 18時00分,https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/06/vs-23.php

 ◆-4 文 聖姫・週刊金曜日編集部「櫻井よしこ氏らが映画『主戦場』上映差し止め要求 デザキ監督「承諾得た」」『BLOGOS』2019年06月20日 10:04,https://blogos.com/article/385740/ (このサイトは現在閉鎖)

 ◆-5 大島 新「従軍慰安婦をテーマにした話題作『主戦場』で “あんなインタビュー” が撮れた理由 プロパガンダ映画か,野心的なドキュメンタリー作品か」『文春オンライン』2019/06/11,https://bunshun.jp/articles/-/12302


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