「立原道造の夢みた建築」を読んで
建築家、詩人である立原道造は、次のような詩を残してます。
「われら 天に飛ぶ鳥なり イオニアの紋ある列柱に羽根やすめ 高らかにうたひなむ われら おごりたかきさすらひの武士」
立原のうたった建築は、かつての栄華が刻まれながら、廃墟となった今もなおそこに無言で立ち続けてます。
丹下健三、菊竹清訓、黒川紀章などのメタボリズムを標榜する建築家がビックプロジェクトを抱え、日本の都市化推進を果たした。一方、立原道造は、自然と一体になり、自然と融合した、「田園的建築観」、田園的な建築を志向した。今の社会環境を考えるれば、立原道造は、その当時の建築家より、遥か先の建築物のあり方を考えていたことになります。
私も東京に10年くらい住んでいて、右を見ても左を見ても、ビルばかりで、輻射熱とともに息苦しく感じた。奥多摩や帰省のとき自然、木々、緑を見て、息を思いっきり吸うと、身体に溜まった淀んだ都市の空気が外にでて、生き返った気持ちになりました。
この本は、建築と文学(詩)が融合された本で、読んで清涼感があり、干からびた心を潤してくれます。
最後に立原道造の詩を紹介します。
「夢みたのは ひとつの幸福
ねがつたのは ひとつの愛
山なみのあちこちにも しづかな村が
ある
明るい日曜日の 青い空がある・・
夢みたのは ひとつの愛
ねがつたものは ひとつの幸福
それらはすべてここに ある と」
都市に建設された建物はスクラップアンドビルト、造っては壊され、そしてそれらの建物は、人々に忘れされてしまう運命にあります。
立原道造の建築のパース、スケッチは、実際に建たなかった。しかし、画集、本となり、立原道造が亡くなった後も人々に、半永久に感動を与え続けます。
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