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「富嶽百景」を読んで
この本には、「ダス・ゲマイネ」、「満願」、「富嶽百景」、「女生徒」、「駆込み訴え」、「走れメロス」、「東京鉢景」、「帰去来」、「故郷」の九篇の短篇が収められています。
「走れメロス」は、中学生の国語の本にも掲載せれていました。一番最初に太宰治の作品に触れたのが、この「走れメロス」で、随分、前向きな、性善説的で、健康的な作家だと思ってました。後に全然違うことに気づきました。この「走れメロス」が太宰治の作品のなかで稀なんだと。
この本のなかで、私が一番好きな短篇は、「富嶽百景」です。
「『お客さん!起きて見よ!』かん高い声で或る朝、茶店の外で、娘さんが絶叫したので、私は、しぶしぶ起きて、廊下へ出て見た。娘さんは、興奮して頬をまっかにしていた。だまって空を指さした。見ると、雪。はっと思った。富士に雪が降ったのだ。山頂が、まっしろに、光りかがやいていた。御坂の富士も、ばかにできないぞと思った。『いいね』とほめてやると、娘さんは得意そうに、「すばらしいでしょう?」といい言葉使って、「御坂の富士は、これでも、だめ?」としゃがんで言った。
「老婆も何かしら、私に安心していたところがあったのだろう、ぼんやりひとこと、『おや、月見草』そう言って、細い指でもって、路傍の一箇所をゆびさした。さっと、バスは過ぎて雪、私の目には、いま、ちらとひとめ見た黄金色の月見草の花ひとつ、花弁もあざやかに消えず残った。・・・・金剛力草とでも言いたいくらい、けなげにすっくと立っていたあの月見草は、良かった。富士には、月見草がよく似合う」
この「富嶽百景」は、澄み切った清涼な空気に包まれた富士山、そして富士山のふもとの峠の宿、そこに泊まっている作者、太宰治と、老婆、娘さんの汚れのない透明感のある会話で創作されてます。
この「富嶽百景」を読んでいると、自分の中の負の感情、怒り、妬み、哀しみ、恐れが、純白な雪で覆われ、まるで禊ぎをしたみたいに清らかになります。
私の好きな短篇、ベスト3に入ります。まだ読んでいない人、心に疲れ、埃がついたなと感じる人にお勧めです。