俳句を読む 54 水原秋桜子 朝寝して鏡中落花ひかり過ぐ
朝寝して鏡中落花ひかり過ぐ 水原秋桜子
よくもこれだけ短い言葉の中で、このようなきらびやかな世界を作ったものだと思います。詩歌の楽しみ方にはいろいろありますが、わたしの場合、とにかく美しく描かれた作品が、理屈ぬきで好きです。読んですぐに目に付くのは、中七の4つの漢字です。これが現代詩なら、めったに「鏡中」だとか「落花」などとは書きません。「鏡のなか」とか、「おちる花」といったほうが、やさしく読者に伝わります。句であるがための工夫が、創作過程で作者によってどれだけなされたかが、想像されます。もちろん読者としてのわたしは、自然に言葉を解きなおし(溶きなおし)、鑑賞しているのです。春が進むにつれて、日々、太陽の射し始める時刻は早まってきます。じりじりと部屋に侵入してくる明るい陽射しでさえも、ふとんの中の心地よい眠りを妨げるものではありません。まして目覚め間際の眠りほど、そのありがたさを実感させてくれるものはありません。けだるい体のままに目を開けると、いきなり飛び込んできたのは、世界そのものではなく、きれいな平面で世界を映した鏡でした。鏡という別世界の中を陽射しが入り込み、さらに光の表面をすべるように花びらが落ちてゆきます。なんだか、目覚めたあとも眠りの中のあたたかな美しさに取り巻かれているようです。潔くも、それだけの句です。『鑑賞俳句歳時記』(1970・文藝春秋社)所収。(松下育男)