俳句を読む 6 小沢信男 毀れやすきものひしめくや月の駅
毀れやすきものひしめくや月の駅 小沢信男
英語に「fragile」という単語があります。この語には「壊れやすい、もろい」のほかに、「はかない、危うい」という意味もあります。通常は運搬時、小包の中身が壊れやすいと思われる場合にこの単語が使われるのですが、場合によっては「人」を表現するためにも使います。たしかに人というものは、自分の容器を壊れないように、あるいは中身がこぼれないように、日々注意して運んでいるようなものです。人をひとつの壊れやすい容器と見ることは、俳句を通した日本独特の感じ方ではなくて、英語圏にもあるようです。おそらくどこの国の人も、自分が容易に壊れてしまうものであることを知っているのです。掲句は、「実妹伊藤栄子を送る追悼十句のうち」の一句で、前書に、「通夜へ、人身事故により電車遅延」とあります。肉親の生命の消失によって、作者は強く心を揺り動かされています。そこへ、電車が遅れるというあまりにも日常的な出来事が割り込んできます。その日常の出来事でさえ、人身事故という人の生死につながっています。駅の上空の月は、それら生きるもの死ぬものをへだてなく、広く照らしています。目の前にひしめく多くの見知らぬ乗降客でさえ、月の光に個々の生命をくっきりと照らし出されて、作者の目の前を通過してゆきます。この駅は、日常と非日常、生きることと死ぬことの、乗換駅ででもあるかのようです。『新選俳句歳時記』(1999・潮出版社)所載。(松下育男)