30歳、西巣鴨のコインランドリーで親切を知る
同棲している彼女から、ベッドシーツやブランケットなどの大物をコインランドリーで洗ってきてほしいと頼まれた。この日は夜から来客の予定で、休日にもかかわらず朝から掃除に励んでいた。自分の分担を終えて時計を見ると11時を過ぎたころ。床掃除にいそしむ彼女の隣でくつろぐわけにもいかず、ここは素直に従うことにする。
IKEAのトートバッグに洗濯物を詰めて外に出ると、まだ午前中というのに相変わらずの暑さ。一番近いコインランドリーまで、歩いて10分ほどで到着。巣鴨の商店街を横切り、住宅街を通った先にあるコインランドリーはいつも誰かの洗濯物が回っている。偶然にも空きの洗濯機を発見。しかも乾燥機付きだ、ツイてる。
乾燥時間によって料金が変わる設定。生乾きで持ち帰ると彼女に何を言われるか分からないので、1,100円の60分コースをチョイス。支払は100円玉しか受け付けない小銭投入型だ。そこまでの小銭は持ち合わせてないので、両替機へ。千円札を入れてみるが、返金される。何度やっても返ってくるので、今度は500円玉を入れてみるが、やはり500円玉で返ってきた。謎に点滅する赤いランプにふと気づく。釣銭切れてんなこの両替機。
しばし考える。近くにコインランドリーの事務所がある様子はないので、お問合せ先に電話する必要がある。いつ補充に来てくれるか分からないし、目の前で1台だけ空いている洗濯機がいつ埋まるか分からない。コインランドリーの前を通り過ぎる人たちがみな、この空き洗濯機を狙うハイエナのように見える。このチャンスを逃したくない。
ふと外を見ると、自販機があった。喉は乾いていないが、仕方あるまい。1,000円札を入れ140円のオレンジジュースを購入する。釣銭を回収すると、そこには光り輝く500円玉の姿。ジーザス。その500円玉再び自販機に入れ、160円のミネラルウォーターを購入する。どんどん増える10円玉。ガッデム。
無事?100円玉を11枚手に入れたので、洗濯機を回す。300円の無駄な出費があったものの、時間には代えられぬ。この猛暑の中、自宅への往復に20分かけるくらいならと、コインランドリーでYouTubeを見て時間を潰すことにする。こういった事態に備えてデータ容量を無制限にしているのだ。
洗濯を開始して30分ほど過ぎたころ、おばあちゃんが入店してきた。どうもこのコインランドリーを使うのは初めてらしく、洗濯機を確認した後、30分前の自分と同じように、両替機の前に足を運んだ。もちろん、小銭は補充されておらず、何度も返される1,000円札。お札を手で伸ばしながら何度も挑戦するおばあちゃん。
知らない人が困っているときに声をかけることが苦手だ。人助けが嫌いなわけではないが、いらぬ心配だったらどうしようと考えてしまう。周りに人がたくさんいるから、自分じゃない誰かが、と期待してしまう。でも今、このコインランドリーには自分とおばあちゃんしかいない。
親切になろうと決めた。断られても、怪訝そうな顔をされてもいい、どうせ次に会うことはないのだから。
「その両替機、小銭切れてますよ。」と伝えると、おばあちゃんは「あら~どおりで何度やってもダメなわけねえ。困ったねえ。」と答えた。そこまで不審に思われてもいないようで一安心。ついでに外の自販機で両替したことを伝えると、おばあちゃんはすぐに出て行った。
3分後、ジュースを持って帰ってきたおばあちゃんは言った。「このジュースが背の高いところにあって届かんかったやけどねえ、通りすがりの外国人が押してくれたんよ」と。何かよくわからないけれど、ものすごくハッピーな気持ちになった。親切も捨てたもんじゃないな。
その後、おばあちゃんは無事洗濯機を回すことができ、僕の乾燥機はクールダウンを待つだけとなった。そのうち同世代のカップルがやってきたが、埋まっている洗濯機を見て、他のコインランドリーを探そうとしていた。
お二人、運がよかったですね。先刻、親切に目覚めた私がいます。「ここ、もうすぐ空きますよ」と伝えると、ありがとうございます、使わせてもらいます、と両替機に並ぶ彼氏。すかさずおばあちゃんが小銭切れを説明し、彼氏は自販機へ急いだ。
西巣鴨の小さなコインランドリーは、小さな親切で満たされていた。
自宅に帰って彼女にこのエピソードを伝えたが、よく分かっていない顔をして、「ふ~ん、よかったね。親切ならアイス買ってきて」と言われた。こういうやつがいるから、世界は平和にならないのだ。