第18話 スカートの中身
ジャズ喫茶52年の歴史
温和なマスターの饒舌は、さながらジャズセッションのようだった。
1971年、カップヌードル発売やマクドナルド第一号店開店と
日本の食文化に黒船が到来した年。
山形にもジャズを引っ提げ文化を謳う、ある喫茶が開店した。
それが「オクテット」だった。
店内は板材をあしらった仕上げが特徴的だ。
さらには
レコードがぎっしり詰まった棚、
大きな年代物のスピーカー、
絵画、極めつけは明度の低い照明、
雰囲気全体がジャズに包まれながら過ごすために設えられたかのような
一体感を感じる。
私の浅はかなジャズ喫茶のイメージを軽く覆す衝撃を与えてくれた。
マスター所有のレコードは1万5千枚に上る。
店の壁面、入口から入って見える奥の壁には
ズラッと整列されたレコード盤が鎮座している。
お店のスピーカーは購入当時50万円以上であったが
今ではプレミアものであるそう。
「スカートはめくってみなさい」衝撃的な言葉を私に投げかける。
むしろ、看板のように打ち立てられたと表現するべきか、
その言葉の意味を続けて説く。
なんでも、我々はコンビニ世代らしい。
コンビニにあるものは、可もなく不可もなし、安くもなく高すぎもしない(私の懐事情として、高い💦)。
つまり、中途半端なものに囲まれていると。
本当はもっと安く買えたりするはずでも、
我々はコンビニによって騙されるとマスターは語った。
本物を知りなさいと諭された気がした。
翻ってマスターの周りは本物に囲まれていると私は感じた。
店内は、無数の古時計が壁掛けられている。
おそらくプレミアがついている、であろうレコードは額縁に入っていた。
隅から隅まで掃除されているため、
まるで昨日店開きしたばかりであるよう。
開店から50年以上経っていることを知った時はとても驚いた。
マスターは掃除好きかもしれない。
あるいは周りのものを大切にしているのだろう。
おおぴらに高級なものを掲げ一流を見せびらかすことは決してしない。
内に秘め、その端々からやんわりと感じる、気品がそこにはあった。
マスターにおススメのメニューを聞いた。
ニヤッと笑って、「ないよ」。
「好きを自分で見つけて欲しい。」
コンビニ云々と繋がる話かもしれない。
おススメといって、
それをより所にせずに自分の好みを探りなさいと、
そう語ってくれた。
私が今回、頂いたのは“紅茶”だ。680円。
スーパーで安く買えるティーパックとは比べものにならない味わい深さ。
紅茶の味わいがまるで質量をもってぶつかってくるかのようだった。
単純だとは思うが、「これが本物か!」と密にうれしくなった。
マスターにこのジャズ喫茶をはじめたきっかけを聞く。
さらっと喋ってくれた。
「単純にジャズレコードのファン」なのだと言う。
サラリーマン時代、マスターは東京に行った際にジャズ喫茶に立ち寄った。
お店の中には500枚ものレコードがあったそうだ。
自分の好きに囲まれる空間、
魅了されないわけはない。
そこから、現在のレコード数に至るほど収集に力を入れた。
ここまで目を通してくれた皆さんならお分かりの通り、
マスターの話は多岐にわたる。
この話の中で、レコードは物価が変わらないということも言っていた。
それも魅力の一つなのだと。
しかし、昨今のレコードやCDは様々な特典なども付加され、高騰している。
少し、悲しんでいるように見えた。
マスターのジャズ好きは筋金入りだ。
コロナが猛威を振るう前までは
年2回のペースでニューヨークに訪れていた。
英語は堪能でなくとも、レコードで何度も見た名前なら分かる。
ジャズフェスティバルの出演者リストを入手し、それと照らし合わせる。
言語が異なってもジャズの愛によって人の輪が広がる。
マスターには現地にも友人がおり、NYに行った際には会うそうだ。
ジャズの本場に足しげく通うほどであるからして、
もちろん知識も潤沢である。
取材当時の店内に何気なく流れていたジャズに対して、「この人のはね~」と喋り出した時は、感嘆した。
サッチモ、ウィントンマーサルス、ビリホリデーと
ジャズの巨匠が次々と出てくる中、
取材している私もジャズに対しての理解が深まっていった。
月に一度、「オクテット」ではジャズ講座を行っているそうだ。
ジャズの真髄を覗いてみたい方、是非。
(文章/写真) 加藤瑛人
店名:オクテット
TAL:023-642-3805
住所:山形県山形市幸町5-8
営業時間:11:00~18:00