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【お詫び】バカヤローな息子でスイマセン

今やってるミッション

仕事で南国的なイベントを企画実施して今年で3年目。
そろそろ俺も転勤だろ、と考え卒業公演的な3年目は規模を3倍拡大し進めている。基本、俺が各開催先の運営スタッフとやりとりしている。
これから寒くなる一方のみちのくの地で10,11月にそのイベントは開催する。
本来、そういう企画仕事は俺のメイン業務ではない。ので、メイン業務と並行してやっている。

義理の父

義理の父は俺から言わすと「なかなか死なない男」。
山菜を採りに山に入り遭難して翌朝、救助ヘリに引き上げられたり、
三つ目だかのガンで入院し、退院してすぐタバコを買いに行ったり、
嫁んちは神道、俺んちは仏教なのだが義理の祖母の葬儀で神道の作法を全く知らない俺に葬儀の司会を開始10分前に指示したり、とにかく人生がロックな男だ。
そもそも重機を乗り回す男なので俺が抵抗したって、操作するユンボを振り回しでいとも簡単にヤラれてしまうから立ち向かう気も起きない。
そんな義父が何度目かの退院後、食欲が全く無くなり再び入院となった。
医者からは「もう家に戻れない」と言われたので皆、いよいよその日の為の準備を始めた。

早めに届いた連絡

所謂「黒い服一式」を帰省先に置き、いったん戻って俺は生活していた。
ある休日の夕方、ずっと帰省している嫁から義父が亡くなったとの連絡が入った。
南国もそうだが、それ以外にも色々進めている仕事がある為、息子を先に帰省させ俺は翌日職場に、ある一個の案件を除いて引継ぎを行ってから帰省する事にした。
急いでいたため、慣れてない道を運転したら『右折禁止違反』で白黒の車に停められたのは、これから片道4時間運転する俺にはとても心が折れる事件だった。

初の斎場泊

4時間運転して向かうは嫁の実家ではなく「斎場」。
冷たくなった義父はまだ帰省できず斎場に運ばれ、そこに俺ら家族は葬儀まで3泊する事となった。
斎場生活二日目は、葬儀等の準備をそれぞれ分担して行う。ただし、誰かは義父と一緒にいなければなない。
その時点でまだ共同生活者たちには伝えていなかった、いや伝えにくいのだ。
それは「南国イベントの件でラジオに電話出演しなければならない」事。
生放送の15時。どう考えてもその時間オレはこの部屋に居なければならない。

勇気を出して言ってみた

もう観念してその場の人間に「じつはぁ~」と話した。
周りはよく理解できていなかった、まぁよく理解して欲しくも無かったし。
斎場の宿泊スペースでラジオ出演できる場所を物色した結果、洗面所にPC置いて、その時を待つ事にした。
「鶴の恩返し」宜しく、『誰もオレが喋ってるところは覗かないでください』と念押しし仮説ラジオ出演ブースに移動し、そっと扉を閉めた。

そして15時

一度、リハやって本番15時、俺は声を出した。

『🌺アロ~ハ~、リスナーの皆さん、こんにちわ🌺』

す、すまん。
壁の向こう側には人生を全うした義父が、そして横にはそれを悲しむ家族がいるのに、俺は仕事を全うしなければならなかった。
イベントの紹介、企画したきっかけ、そしてリクエスト曲とこなしてミッション終了し鶴は再び扉を開けた。
「お、終わりました…」

みな、知らない顔してたがちゃんと聞き耳を立てていたようだ。
冷たい義父の横に行き「す、すいませんでした!」と心で詫びたのは娘の夫としての当然の心からの叫び。
あんまり辛気臭い事とか嫌いな人だったから葬儀の前にこんな事件があっても許してくれるよねー、とはやはりな娘の馬鹿な夫の言い訳。

葬儀終了、全員帰宅

出棺→火葬→葬儀を終え、嫁ん家。
小さくなってしまったが義父もやっと家に帰ることが出来た。
この日の夜は義父が好きだった某弁当屋のからあげを食った。
思った以上にいい感じの遺影を見て、
結婚申し込みに行った日に巨人ファンな義父に「好きな球団は?」と言われ『近鉄です!』って言っちゃった事を思い出した。

あん時から変な息子でスイマセンでした、でも人見知りの強い俺には強烈なキャラクターでしたよアナタも。
<合掌>2024.10.8没


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