見出し画像

ニデックが牧野フライス製作所に買収提案(第5回) - 株主はいつまでに情報が欲しいか?株主の思惑は色々ですよね

前回の第4回記事では、1/15に牧野フライス製作所(以下、マキノ)がニデックに要望書を提示したことを紹介いたしました。それを受けて早速、ニデックが1/17に要望者に対する見解を公表していますね。以下になります。

しかし、回答早いですね。この手の大型案件のプレスリリースは起用している法律事務所の弁護士が起案するのが常ですが、ニデック、マキノの起用する法律事務所はどこかは知りませんが、私も20年近くいくつかの大手法律事務所の弁護士とM&Aや企業再編関係などで一緒に仕事をしてきましたが、こういう重要案件で起用する法律事務所の弁護士は優秀だなと毎回思います。

さて、これまでの経緯は以下になります。

◆12/27 ニデック:公開買付の開始予告の公表
◆12/27 マキノ:今後精査する旨のお知らせ
◆ 1/10 マキノ:特別委員会の設置のお知らせ
◆ 1/15 マキノ:特別委員会による要望書送付のお知らせ
◆ 1/17 ニデック:特別委員会からの要望書に対する回答

本日は今回のプレスリリースなどを簡単にポイントをご紹介します。


「サタデー・ナイト・スペシャル(Saturday Night Special)ではない」

マキノはニデックに対する要望書でニデックが突然に何の前触れなく買収提案をしたことを“サタデー・ナイト・スペシャル”と批判しましたが、ニデックは「ちゃいますよ」という回答をしています。プレスリリースで以下のように記載されています。

貴委員会は、事前の協議・打診を実施せずに本提案を実施した弊社の姿勢が、米国で1970 年代に行われた「サタデー・ナイト・スペシャル(Saturday Night Special)」と同様であるとして問題視されておられます。しかしながら、サタデー・ナイト・スペシャルは、米国法上、公開買付けを7 日で完了することができた時代に用いられていた極めて短い公開買付期間を設定する戦術です。現在、米国においても、またわが国においても、公開買付期間は最低20 営業日を要する法制となっており、サタデー・ナイト・スペシャルと同様の買収戦術を採用することは不可能です。実際にも、本提案から本公開買付けの開始予定日までに3ヶ月以上の期間を確保し、さらに最短の公開買付期間を31営業日とすることで、貴社及び貴社の株主の皆様における検討期間を十二分に確保することを企図している本提案は、サタデー・ナイト・スペシャルとは全く似ても似つかないものです。

1/17付け「株式会社牧野フライス製作所の特別委員会からの要望書につきまして」より一部抜粋

私はこの「サタデー・ナイト・スペシャル」という言葉は始めて聞いた言葉であり、米国の買収実務も知らないので、どちらの主張が正しいのかは判断はつきませんが、真向から認識が対立しているようです。

また、事前に打診がないことについては、ニデックは次のように主張しています。

弊社が、事前の協議・打診をせずに本提案及びその公表を行ったのは、本指針において、上場会社の経営支配権を取得する買収一般に「株主意思の原則」や「透明性の原則」が求められていることを踏まえ、今回の取引の提案の最初の段階から、完全に透明性あるプロセスを通じて、貴社の株主の皆様(及び市場)に一切の状況をお伝えすることで、株主の判断のために有益な情報が、弊社と貴社から適切かつ積極的に提供されることを促し、もって貴社の株主の皆様が今回の取引の是非や取引条件に関して正しい選択をすることができる状況を確保することを企図するものであり、正に本指針の趣旨に沿うべく、貴社及び貴社の株主の皆様に十分な検討を行うための時間的余裕を与えないようにする意図は一切ございません。

1/17付け「株式会社牧野フライス製作所の特別委員会からの要望書につきまして」より一部抜粋

「よーいドン」で同じ土俵で始めるということを重視するのであれば、ニデックの主張はもっともな気もします。

一方、企業の経営陣と株主の間には大きな情報の非対称があると思います。そういう中、買収という極めて重要な問題についてマキノの経営陣に一切の打診なく、マキノの経営陣と株主に「よーいドン」で同時に検討を開始させるのもどうかなと個人的には思うところはあります。

「3ヵ月あれば十分な検討は出来るでしょ」

前回の要望でマキノはTOBの開始が4月4日とされていることについて、期末決算対応で十分な検討の時間の余裕がないので、年度決算発表後の5月9日にして欲しいということを要望していました。

これに対して、ニデックは12月27日に買収提案をしているので、4月初旬まで十分な時間は与えているでしょうという主張かと思います。以下がプレスリリースの記載になります。

わが国におけるプラクティス上、対象者の事業年度末から期末決算の発表日
(同日を含みます。)までの期間に公開買付けの開始及び意見表明が公表される事例は全く珍しいものではなく、弊社と致しましては、貴社及び貴委員会に十分な検討を行うための時間的余裕を与えないようにする意図は一切ございません。また、弊社は、2025 年3月期末の3ヶ月以上前である2024 年12 月27 日付けで本提案を行い、それを受けて貴社取締役会及び貴委員会は既に本提案の検討を開始されておられますので、2025年3月期末までの期間において貴社取締役会及び貴委員会が(当然の事乍ら)真摯な検討をご継
続いただけることを前提とすれば、2025 年3月期末後に、本提案の検討のために殊更に多くのリソースが必要となる状況には全くならないと考えております。

1/17付け「株式会社牧野フライス製作所の特別委員会からの要望書につきまして」より一部抜粋

貴委員会は、「2025年3月期に係る当社決算発表の内容を踏まえて、本提案の是非を熟慮できるための期間を十分に確保することが必須」との見解を前提に、本公開買付けの開始日を、2025年3月期に係る貴社の決算発表から約1週間後の日である2025年5月9日まで延期することを要望されておられます。
しかしながら、わが国におけるプラクティス上、期末決算の発表から約1週間後の日に公開買付けを開始することが一般的であるとは到底言えません。そうであるにもかかわらず、何故、本公開買付けにおいて貴社の株主の皆様が「2025年3月期に係る当社決算発表の内容」を踏まえて本提案の是非を熟慮できるように期間を確保することが必須であるのか、本提案書にはその理由が一切示されておらず、弊社と致しましては、貴委員会が延長を求める本公開買付けの開始日(2025年5月9日)の是非について判断をすることができません。
また、もし仮に「2025 年3月期に係る当社決算発表の内容」が貴社の株主の皆様が本提案の是非を熟慮する上で重要な情報になり得ると敢えて想定すると致しましても、本指針において、「通常、買収における株主意思の尊重は、公開買付けへの応募等を通じて株主の判断を得る形で行われる」(本指針第2章「2.2.3 株主意思の尊重と透明性の確保」)と指摘されているとおり、貴社の2025 年3月期に係る決算発表から公開買付期間の末日までの間に一定期間が確保されていれば、貴社の株主の皆様は、「2025年3月期に係る当社決算発表の内容」を熟慮した上で、本公開買付けに応募すること、あるいは応募しないことを判断し、本提案の是非に関する意思を表明することが可能です。貴社の2025年3月期の決算発表日が2025年5月2日であるとした場合には、本公開買付けに係る公開買付開始公告日を2025年4月4日、公開買付期間を31営業日とすれば、貴社の2025 年3月期の決算発表日から公開買付期間の末日までの間には12 営業日が確保されており、本公開買付けの開始予定日(2025 年4月4日)を延期する必要性を基礎付ける理由にはなりません

1/17付け「株式会社牧野フライス製作所の特別委員会からの要望書につきまして」より一部抜粋

個人的にはニデックの主張もなるほどと思います。本決算のタイミングまで待たずとも買収提案の是非について検討は出来るだろうと思いますし、もし、本決算のタイミグで、何か今後の価値向上施策などの新たなコーポレートアクションなどを発表するとした場合でも、ひとまず4月上旬の時点では「今後、本決算のタイミングで具体的な施策を公表する予定です!」といったような開示をしておけば、そのタイミングまでマキノの株主はTOBへの応募の是非を待つということも考えられるように思います。

いずれにせよ、私がもしマキノの株主であったとしたら、本件の行方によって株価が乱高下する状況に置かれているわけであるので、マキノの経営陣の検討結果は少しでも早く知りたいだろうなと思います。

いろはの“い”ですが・・買収提案(TOB)に応じるか否かはマキノの株主が自己判断すること

今回のTOBの中で、情報を提供する、情報を検討する云々がお互いの主張に出ていますが、今更ですが少しだけここを整理します。

買収提案であるTOBに応じるか否かは対象会社の株主が自己責任で自由に判断することです。株式の売買は投資家や株主の判断で行うものであり、当然ですよね。

ただし、株主は判断するにあたって必ずしも十分な情報がない場合があります。特に個人株主の方などは、経営トップと面談しているアナリスト異なり得られる情報には限りがあります。アナリストレポートは読めるとしてもです。買収提案など極めてデリケートな場合には、より精緻な情報が必要になります。

そこで、株主が判断するに十分な情報を対象会社が提供するとともに、株主に検討のための十分な時間を与えよといっているわけです。整理すると次のような感じです。

  • TOBに応募するか否かは株主が自己責任で判断する

  • それぞれの株主の株式の取得単価は異なるし、また、投資のタイムホライズンも異なる。いくら儲けたいか、いつまでに儲けたいかの思惑は人それぞれ

  • 結果、株主はTOB価格が「株式価値はこんなもんじゃない。安すぎるわ!」と思えばTOBに賛同しないし、「チャンス!」と思えば賛同する

  • ただし、株主は必ずしも十分な情報と検討の時間がない場合もある

  • そこで上記のような判断が出来るよう対象会社は株主に十分な情報と判断のための時間を与える

今回のような同意なき買収があると買収者の行動を感情的に批判する声も出ますし、特に対象会社の従業員の方はそう思う方が多いのかも知れません。

けど、株式を上場しているということは、株式は市場で流通している以上、常に誰かに支配されるリスクがあり、その支配者が良いか悪いかはその株式の株式を保有する株主が判断するということです。


いいなと思ったら応援しよう!