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今後増えるであろう事業会社同士の同意なき買収の争い - 突如として板挟みになる取引先株主・・。板挟みを避けるには
ここ数年で同意なき買収って増えていますね。ひと昔前は、敵対的買収と言われていました。買収後に経営陣はクビになる可能性が高いことこともあり、「経営陣に対しては敵対的」という意味で敵対的買収という言葉が使われていました。
しかし、一方で、対象会社の株主や従業員にとっては必ずしも敵対的と言えない場合もあり(買収により企業価値が向上したり、従業員の給料が増えたりなど)、経産省が数年前に策定した「企業買収における行動指針」において同意なき買収という用語が用いられたことがきっかけになり、以後は新聞報道でも敵対的買収という言葉は消え、同意なき買収と言われています。
この同意なき買収事案の最近での主なものを挙げると以下になります。
◆2019年 HOYAによるニューフレアテクノジーの買収
◆2020年 ニトリHDによる島忠の買収
◆2020年 コロワイドによる大戸屋HDの買収
◆2023年 ニデックによるTAKISAWAの買収
◆2021年 日本製鉄による東京製綱への買収
◆2023年 第一生命によるベフィットワンの買収提案
◆2024年 クシュタール社によるセブン&アイHDの買収提案
◆2024年 ニデックによる牧野フライス製作所の買収提案
同意なき買収の際に、非常に悩ましい立場に突如として置かれるのが、買収のターゲットになっている会社の取引先株主です。普通にビジネスをしている最中、突如として予期せずに嵐の中に巻き込まれてしまいます。
以前に関西スーパーを巡って、関東圏のディスカウントスーパーの大手のオーケーと阪急阪神百貨店を展開する関西地盤のH2Oが熾烈な争奪戦を繰り広げましたが、その際に関西スーパーの取引先株主が巻き込まれ悩んだ様子が「関西スーパー争奪」(日本経済新聞社出版)に詳しく書かれています。
そこで、今回は、今後日本の株式市場で増加するであろう同意なき買収のケースにおいて、買収対象会社の取引先株主(=政策保有株主)にとって起こり得る課題、この課題の対策に向けた考え(特に難しい対策ではないです)についてお話をしたいと思います。
都銀や投資銀行の金融業界の方や機関投資家の方向けというより、一般の事業会社で働くビジネスマン、個人投資家、コーポレートガバナンスを学んでいる大学生の方でも理解できるような平易な内容にしております。
ガチンコの勝負をしている企業双方と取引のある株主は突如として悩ましい立場に
分かり易く考えるため単純な事例にします。
◆A社がB社(B社は上場企業)に対して同意なき買収(TOB)を提案
◆B社の市場株価は長らく500円であったがTOB価格は1000円
◆買収対象のB社には株主としてX社がいる
◆X社はA社・B社の双方に製品又はサービスを提供している。取引量は同じ程度
◆X社はA社の買収提案(TOB)に応じるか検討中
シンプルですがこんな事例は今後、日本の株式市場で頻発すると思います。
この場合に買収の当事者でないX社は買収提案に応じるべきか否かで悩みます。それは即ち、自社にとって大事なお客様であるA社・B社のいずれを立てるかでの悩みになります。
これはどういうことかと言いますと、買収提案のTOBに応募するということは「A社を応援しているよ」というメッセージになり、TOBに応募しないということは「B社を応援しているよ」というメッセージになります。
ここで考えるべきは、まずB社はX社に対して何を期待しているかですが、X社がB社に製品・サービスを提供していて、かつ株式を持っているということはX社はB社の取引先株主ということで、安定株主としての行動を期待されています。
安定株主とはその企業の株主総会議案や経営判断について波風を立てたり、異を唱えることなく賛成する株主です。総会屋(少し古いですが)やアクティビストの対極にいるので「与党株主」「サイレント株主」とも言えます。
この安定株主は、保有先企業の毎年の定時株主総会の議案では常に賛成することを当然に期待されている(暗黙の了解)わけですが、今回のような極めてイレギュラーなイベントである経営権争奪のケースでも「当然、ウチを応援してくれるんだよね」とB社から期待されているということです。
株主総会の議案などで万一、取引先株主が反対票を投じた場合、たとえその保有株式数が数千株程度でも反対された会社では大騒ぎになります。「株主総会の議案に反対票を行使しただと!」ということで担当役員に確実に話は上がり、経営トップにまで上がることも多いかなと思います。それだけ、取引先株主が持つ株式の扱いについては、株を持たれている側の企業は敏感になっているということです。
関西スーパーの争奪で取引先株主の板挟み
一方、買収者であるA社はどう考えているかというと、これもまた「おたくはウチを応援してくれるんだよね」ということです。
コンプライアンスやら道徳にやたらとうるさい今のご時世、露骨に「買収提案(TOB)に賛同しないと仕入先を他社に変えるよ」「取引をやめるよ」などと正面切って言ってくる勇気ある企業はまずないとは思いますが、言葉に出さずとも「分かっているよね」という大人の無言の圧はあるかも知れません。
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