ニデックの牧野フライス製作所に対する買収提案① - 「世界屈指の総合工作機械メーカを目指す提案の背景」など興味深いです。プレスリリースの一読をお薦めします
ニデックが牧野フライスに買収提案
本日、ニデックが買収提案をしたとの報道がありましたね。現時点では牧野フライス製作所の経営陣の賛同を得ていない買収提案のようで、いわゆる同意なき買収提案ということかと思います。牧野フライスは次のプレスリリースを公表しています。
メーカーは12月27日から一斉の正月休暇に入るところが多いようで、牧野フライスにすれば「年末のこの時期に・・」と思っているかも知れませんね。正月休みもないかも知れません。ニデックなりに戦略があってのこのタイミングでの開示なのだとは思いますが。
さて、肝心のニデックのプレスリリースは以下になります。
”世界屈指の総合工作機械メーカを目指す提案の背景”
プレスリリースに買収の狙いとして「共に世界屈指の総合工作機械メーカを目指す提案の背景」の記載があります。12月27日付けのニデックのプレスリリース「II. 共に「世界屈指の総合工作機械メーカ」を目指す提案の背景」から一部抜粋しますと、次の記述です。なお、太字は私が強調のため印をつけました。
『経済産業省によれば、日本国において、製造業は2021年時点でGDの約二割を占め、依然として我が国の経済を支える基幹産業であるとされております。 その製造業を支える基盤が、我々が携わる工作機械であり、優れた技術力と細やかな顧客サポートに より、グローバル市場でも高い評価を受けていますが、日本国内には 80 社以上の企業がひしめきあい、景気変動の波に経営が大きく左右される構造があり、持続的な成長のために必要な投資を抑制せ ざるを得ない環境にもあると考えております。一方で、工作機械製造を国の重点分野と位置 付け成長を続ける国や企業の台頭によりグローバル競争は激化しています。携帯電話、パソコン、家電、自動車業界などで見られる世界規模での競争環境の大きな変革は工作機械業界でも同様に起こり得るものと考えております。市場環境の大きな変化を捉え、工作機械に求められる機能、品質、生産 性、提案力をたゆまず前進させていくためには、グローバル市場で戦い勝ち抜くことが絶対的に必要と考えております。更には、経済産業省が一昨年新たに策定した企業買収行動指針により、日本国内でのM&Aは活発化しており、日本企業のみならず、外資系企業による日本企業への買収提案も勢いを増してきていると考えております』
国内では多数の工作機械メーカーがひしめきあっている中、グローバルで勝ち抜くことの必要性が書かれています。国内で小さい規模で不毛な争いをするのではなく、海外に目を向けようという趣旨のように読めます。
少子化で国内市場は縮小する中、工作機械セクターに限らず企業の戦いの舞台はグローバルです。ニデックはグローバルで戦うための買収であることを語っているわけですね。
また、プレスリリースに次の記載があります。
『公開買付者はM&Aを創業当時から継続的に行ってきた結果、世界中で多様な人材を活用し、グループ内で効率的に連携ができる真のグローバル企業であると自負しております。公開買付者グループ企業間、及び公開買付者グループのお客様(IT、OA、車載、家電、商業、産業、航空宇宙)との コネクションを全世界で活用することで、対象者の新たな販売機会が増え、ビジネス拡大の可能性が大きく広がると考えております。公開買付者は、対象者は優れた技術を有する国内有数の工作機械メ ーカとしての名声と歴史があると見ており、対象者の経営者、従業員の皆様には、基本的に、これまで同様ご活躍頂きたいと考えております。さらに、公開買付者グループ各社との連携により対象者の企業価値を高め、世界屈指の総合工作機械メーカとなり、世界 No.1を目指すソリューション企業集 団の一員として共に成長することができると考えております』
買収によるメリットを強くメッセージとして打ち出しています。企業が個別に独自路線でやるのではなく、リソースを集中してソリューション集団としてやるべきということです。一体経営でビジネスチャンスが生まれることが書かれており、納得感があります。
日本企業は自社単独では低収益で生き残りが難しい企業って結構多いかと思います。おまけに少子化の影響で、10年前には書面審査で採用切りしていたランクの新卒学生が今や採用の母集団になっているという、悲惨な状況にあるとも聞いています。総合商社はじめ一部の超大企業は従来どおり優秀な学生が来ますが、それより下のランクの企業の採用難は大きな問題です。
このように先行きが必ずしも明るくない中、独立独歩を掲げている企業ってかなり多いかなとの印象を受けます。「自助努力で頑張ります」など。ホンマ?と思える会社も中にはありますが。それが日本の株式市場には株価が評価されていない上場企業がめちゃくちゃ多いことに繋がっているのですが。機関投資家にしてみれば「さっさと統合するなどして企業価値を高めてくれよ」といった意見かと思いますが。
オーナーである永守代表の魂の入ったニデックのプレスリリースは、多くのの機関投資家はどう判断されるでしょうか。製造業に詳しくない私などはプレスをざっと読んで「なるほど。そうなんだ」と納得してしまいましたが。工作機械業界を担当しているセクターアナリストの方がどう見ているのか気になるところです。
私は、製造業はじめ工作機械業界には精通していないのでニデックの提案内容の是非を正確に判断することはできませんが、工作機械に関係する業界の方は、自社にこういう提案があった場合にどう回答すべきかという観点から、自分事としてじっくり読まれると良いかも知れません。
「日本の大手工作機械メーカの抱える課題」-興味深い内容です
プレスリリースの「III. 対象者を含む日本の大手工作機械メーカが抱える課題」に次の記述があります。
『2023年の経済産業省の製造産業局のレポート(注8によると、我が国の製造業の売上高は過去25年 間400 兆円程度で横ばいとなっています。工作機械業界は、全体として、製造業の 17%程度を占める 自動車産業や一般機械等を中心とした新規投資・更新投資、自動化投資等など、グローバルの設備投 資動向に左右されるシクリカルな業界であり、その構造から可能な限り脱却するため、長年の努力を通じて製品サービスの高付加価値化、グローバル化、ソリューション化などを進めてきたと認識しております。一方、各国の産業政策や為替動向などのマクロ要因が、設備投資動向全体或いは個々の企 業の業績に直接的に影響を与えます。北米や欧州に生産拠点を有しない企業は、先進国向けに高付加価値製品を国内から輸出することから目下は円安が追い風になっていますが、米国新政権の関税政策や日米の金利政策によっては輸出動向や為替に変動がでる可能性があること、EV市場の拡大が不透明であることなど、大きな影響を受ける要因がいくつもあり、不確実性が加速化するグローバル経済 の中では、経営環境は常に大きく変動します。工作機械メーカは、5軸加工機など高度な技術力を有 する高付加価値製品を戦略の中核に置きつつ、市場規模が大きく成長の見込めるアジア向け等の汎用 品にも積極的に取り組んでいますが、汎用品は競争が激しく差別化が求められる一方、日本企業が比較的得意とする高付加価値製品では市場規模に制約があります。ネットワーク、AIの進化は、モノ づくりの現場(工場)を基幹システムから大きく変化させていく可能性があり、日本企業各社は、対象者のような大手を含め、現在生き残りをかけた激しい競争の渦中にあると考えております』
興味深いのは工作機械業界は「グローバルの設備投資動向に左右されるシクリカルな業界」という点です。また、日本企業が得意とするハイエンドの分野では市場が小さいというようなことが書かれています。汎用品の分野(ローエンド)では中国企業の価格攻勢が強いことは周知のとおりです。日本は少子化が一層進み(おかげで今の高校生は、20~30年前とは違い簡単に上位の難関大学に入れてしまうという状況にありますが・・)、国内市場の拡大が期待できない中、企業は生き残りをかけた戦いの中にあるというのは説得力がある気がします。
“牧野フライスについて”
更にプレスリリースの「III. 対象者を含む日本の大手工作機械メーカが抱える課題」の「対象者について」に次の記述があります。
『対象者はマシニングセンタを中心とする技術力の高い大手工作機械メーカとしての評価を受けてい ると考えております。もっとも、東京証券取引所が2023年3月、東京証券取引所プライム市場及びスタンダード市場の全上場会社を対象に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」 の要請を実施し、PBR1倍割れ企業に改善計画の開示を求め、大きく注目されているPBR(株価純資産 倍率)は0.84倍 (2024年12月26日現在)となっています。また、対象者は、2023年10月に「企業価値向上に向けた取り組み」を公表し、2027年度売上高2,700 億円、営業利益率12%の目標を掲げて いますが(現状は7%)、PBR(株価純資産倍率)の面では資本市場で十分に評価を得られているとは 言い難い状況と考えております。対象者は、北米を中心とした先進国の航空産業向けや有力EV顧客 を抱える中国市場での売上が大きく、対象者有価証券報告書によれば、米国及び中国向け売上高は全 社合計に対し昨年度実績ベースでそれぞれ24%及び30%と高い比率を占めており、いずれも高く評価されていると考えておりますが、米国の航空産業や中国のEVは過去や直近の動向を見ても必ずしも 継続的に安定している訳ではないと考えております。対象者が目指すべき姿を実現するためには、グ ローバルな市場変化への対応、安定収益を確保するための消耗品ビジネスの拡充など、対象者単独の努力ではどうしても時間がかかり、かつ、決して容易ではないと公開買付者は考えております。日本のM&A業界が活発化している中、公開買付者のみならず、国内もしくは海外の企業が対象者に対して買収提案を行う可能性も否定できないと認識しております。資本市場での評価が十分とは言えない 一方で、対象者は長い歴史の中で培った製品技術力を梃にして事業を展開し、非常に高度な加工技術力をベースにマシニングセンタ市場で確固たる地位を築いていると考えております。公開買付者グル ープ内では旋削加工・歯車加工・大型部品加工の技術にアクセスが可能であり、製品ラインアップの 補完のみならず、複合加工を実現する技術・ノウハウやソフトウェア開発の面で、例えば歯車加工分野の専門的な知見を共有するなど大きなアドバンテージを提供することが可能と考えております。このアドバンテージを対象者内で有効に活用し、新製品・ソリューション開発を大きくスピードアップ することで、ますます激しくなる競争環境の中で対象者の事業をより強固にすると同時に、ソリュー ションビジネスの幅を広げて大きな利益を生み出すことができると考えております。』
「日本のM&A業界が活発化している中、公開買付者のみならず、国内もしくは海外の企業が対象者に対し て買収提案を行う可能性も否定できない」とあります。この点はもっともだと思います。
「安定収益を確保するための消耗品ビジネスの拡充など、対象者単独の努力ではどうしても時間がかかり、かつ、決して容易ではない」とう点も個人的には説得力が高いと感じるところはあります。消耗品ビジネスは収益性が高いため、そこに注力することを目標に掲げる日本企業って結構多いですが(昔から?)、レッドオーシャンの中で本当に勝ち抜けるの?と思う機関投資家の方も多い気はします。勿論、各社色々と勝ち抜く戦略はあると思うので、それを外部に開示していないだけということもありますが。
セブンに対するクシュタールによるTOBはじめ、今回の案件の行方次第では海外企業による買収提案も一気に増えるかも知れません。
ニデックと牧野フライスともに取引がある牧野フライスの株主はどう判断すればよいか?
この手の同意なき買収があった時に悩むのは双方と取引のある上場企業である牧野フライスの株主(=安定株主)です。以前にオーケーによる関西スーパーの買収の事案で関西スーパーとオーケーともに取引のあった企業は関西スーパーの株主総会での議決権行使に非常に悩んでいました。
今回のケースで今後、牧野フライスが買収に反対したような場合、本当の同意なき買収になるわけですが、その場合ニデックのTOBに応じるか否か、両者と取引のある上場企業である牧野フライスの株主は悩ましい局面に置かれることになります。この場合に当該株主はどう判断すればよいでしょうか?つまり、TOBに応じるか否かです。明確な答えはないですが、基本とすべき考え方はあります。このあたりは、後日、本件が本当の意味で同意なき買収に発展した場合に解説したいと思います。
同意なき買収があった場合の対象会社のアクション
以前に記事を書いていますが、経済産業省の指針によると次のアクションが対象会社には求められます。
◆自社が買収提案を受けた時は、速やかに取締役会に付議又は報告すること
◆取締役会は会社に提案された買収内容の真摯な検討をすること。そして、取締役会が検討すべき事項として3つあります。
➀提示される買収価格等の条件は軽視されてはならない。株価水準より高 い買収価格の場合、十分に検討すること
➁提示された買収価格・企業価値向上施策と現経営陣の下での企業価値向上施策を定量的観点から十分に比較考量すること
③買収提案への諾否の合理性は、説明責任を果たせるようにすべき
このあたりは以前に書いた次の記事をご参考にして頂ければと思います。