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140字をこえたもの1000字未満(2024.06〜08)

 こちらは140字に納めきれなかったり色々です。

『牡丹餅』

 若くして事業をおこし成功した幼馴染から連絡をもらった。会いたいと言われる。約束の時間は平日の昼時。ちょっと良いランチの誘惑に逆らえなかった。
 彼は顔面もスタイルも良くて高収入。おまけに性格もいい。私は現在絶賛無職中。顔は平凡だし、家にいるうちに三キロ太ったし。勝ち組な彼が負け確定な私に何の用? 言ってないけど私はずっと彼に恋してた。今となっては永遠に叶わぬ片想い。そういう相手だからこそ、お互いの格差が私にはしんどい。どんな話題を振られてもいじける自信しかなかった。
 相手の話を適当に聞き流し、仔牛のグリルを切り分け口に運んでいると、「本当にいいんだね」と、何度も聞かれる。私はようやく、自分に言っているのかと気がついた。
「え? あぁうん。いいよ」
 ご馳走になりながら話を聞いていなかったなんてバツが悪い。適当にうなずいた。
「本当に?」「うん」
「本当の本当に?」
 しつこいなぁ。
「本当のほんとだよ」
と、答えると彼は今日一の笑顔を見せる。
 これが正解だったと私は胸を撫で下ろした。
「実はずっと前から夢だったんだ。じゃ早速、届けを出しに行こうか」
と、彼。私は彼の言葉を理解していなかった。満腹で膨れた自分のお腹がワンピースを突き破ってしまわないか戦々恐々としていた。
 その後レストランを出て、彼の車は私を乗せ区役所に向かう。仕事は? と思う。けれど彼があんまりご機嫌で、水をさすのは悪いかな、と思ってしまった。そして、あれよあれよと婚姻届を提出することに。
 いくらなんでも棚から牡丹餅すぎる。
 結婚十年目になる今も、私は彼に「本当に良かったの?」と聞いている。別れ話は皆無だ。


『お裾分け』

 家で余った棒アイスをお裾分けにお隣さんの幼馴染を尋ねた。ローファーが二つ玄関に並んでる。一つは多分私と同じサイズ。
「こんにちわ」
 階段を転がるように幼馴染がおりてきた。
「ちょいワル親父?」
 幼馴染の、腹まで外れたシャツのボタンを指摘すると「あっ」真っ赤になってボタンをはめ直す幼馴染。それを見て、もういいやってなった。
「帰るわ」
「おいっ」
「おいって名前じゃないんで」
 中身が入ったままのアイスの箱を投げつける。走って帰る途中でサンダルが脱げた。
 次の日、幼馴染がサンダルの片割れを持ってくる。花束と釣書を持って。
「なにこれ?」
「俺の将来をお裾分け……」
 身持ちを固くしてから再トライしてください。

『キラキラ』

「お母さん」
 洗い物をする私の膝に息子が飛びついてきた
 「来て」と手を引かれ連れてこられたのは廊下だった。駒を構える息子に私は緊張する。息子の手を離れた駒は廊下の上で勢いよく回り出した。

「凄い!」
 息子はパッと顔を輝せしゃがむ私の額に手を伸ばしてきた。
「痛くない?」
 打って変わって泣き出しそうな顔だ。私の額には大ぶりな絆創膏が貼ってある。先週、買ったばかりの駒を回せず癇癪を起こした息子が駒投げ、運悪く私に当たったのだ。

「ごめんなさい」
 息子の両目いっぱいに浮かぶ涙が窓からの光を受けキラキラ光った。
「大丈夫だよ」
 つられて私も涙する。
 息子が駒を回せた事。心からごめんなさいと言えた事。きっと一生忘れない。

『つまらない彼』

 トイレから戻るとテーブルに残っていたのは社内一と噂高いイケメン君ただ一人だった。
「嘘。他の人達は?」
 女子たちは、皆この子目当てだったんじゃないの? と私は驚く。私の問いに、
「向こうの席です」
と、彼が視線を向けたテーブルは確かに賑わっていた。
「〇〇さん、話上手いもん。皆んなそっちへ行っちゃいましたよ」
「えぇ、意外……」
「別に。昔からモテるのは、話が面白いか足早いやつって決まってるし」
 傷つき萎れきった顔で、イケメン君はビールをグビッと飲み干す。口に入りきらなかった液体が溢れ彼のシャツの前まで垂れた。あぁ、イケメンが残念なことに……。私はそこら辺にあったお手拭きで口周りを拭ってあげた。
「どうせ、貴女もあっちに行くんでしょ」
「いや、行かないけど」
 もともと賑やかなの得意じゃないしね、と言ったら彼が目をキラキラさせた。実家で飼ってるタロの子犬時代を思い起こさせる邪気のない瞳の輝き。不覚にもドキッとしてしまった。すると、イケメン君が、逃がさないぞとばかりに私の手首をつかんでくる。
「じゃあ、聞いてくださいよっ」
 お酒が入ったせいだろう、彼の手は熱かった。
「ウンウン、沢山聞くからね。お姉さんとお話しようね……」
 彼の手をそうっとどけ話をうながす。彼とのおしゃべりは、想定以上につまらなかった。て言うかつまらな過ぎて、いっそのこと面白い。

 この会話をキッカケに数年後、私は彼と結婚した。

『うちの妹』

 事件の犯人を言い当てたのは刑事の俺ではなく引きこもりの妹だった。俺は感嘆して息を吐く。
「よくわかったな」
「姉は落ちこぼれで不細工。妹は学歴があって美人。これで何か起こらない訳ないもの」
「お前は被害者を妬ましく思わないのか」
「いいえ、全く」
 言い切る妹に犯人が大声をあげた。
「嘘。妹の美貌を妬まない女なんて……っ」
「顔の美醜なんて関係ない。私、貴女たちには無いものを持っているの」
「な、何よ」
「若さ」
 妹は犯人の顔を掬い上げるように見、ニヤリとした。ガッと吠えた犯人が首を伸ばし妹の頸動脈を噛みちぎろうとする。
 はぁ、まただ。すかさず女を羽交締めにする。女はギャアギャア泣き喚き涙を流し鼻水を垂れ、唾を飛ばした。塀の中でも外に出たとしても、コイツは俺の妹を一生妹を殺すだろう、頭の中で。
 俺はたまらずため息をついた。これで何人目だ。犯人を言い当てる度恨みをかう俺の妹は、厳重に警護された自宅から出ることができない。

『本の世界』

 奇妙なことが起きるようになった。
 店で買った、図書館で借りた本が、飛んで行ってしまうのだ。
 レジを済ませた直後に、燕の如くサッと飛んで行くのでバッグにしまう暇もない。というか書架からどんどん飛んでいく。蔵書を失いたくない者たちは本に犬に着けるようなリードを取り付けた。すると本の本権(人間でいう人権)が侵害されていると唱える有識者が現れ始める。
 回収されずに飛び回る本たちは、秋になると番って子を産み海を超える本まで出てくる。読み終えられなかった本と偶然出会い矢も盾もたまらず結婚してしまったなんて強者まで現れる。
 本に振り回される世界は平和で良いという人もいる。読書好きには読了できないストレスを感じる者が多い。
 同じ作者の音読して野良の本をおびき寄せ捕まえる商売が盛況だ。
 ベテラン作家の本はこの方法で持ち主の元に戻るが。新人なものは野良化しやすい。飛ぶのも下手で通行人の頭によくぶつかり社会問題化している。

『シーソー』

 甥っ子を連れ公園にきた。知らない奴から見れば親子連れだろう。ハハ、残念なことに四十近くになっても独り身だ。結婚していれば俺だって……チラリと君の影が頭をよぎった。
 離婚してこっちに帰って来たと聞いたが会わないな。
 せがまれてシーソーに乗る。甥は怖いもの知らずで、空に放り出す勢いで漕いでもきゃっきゃっと喜んだ。
 不意にキィと耳障りな音。
 俺側に体重を乗せシーソーの揺れを止まる。顔を横に振ると、自転車の君が片足地面につけサドルをこちらに向けていた。
「え、隠し子?」「違う!」

『雨粒(龍とドラゴン)』

 店を出ると雨粒が落ちてきた。早速おろした傘の下に男が入ってくる。
「どお、役に立った?」
「うん、すぐ使いたかったからめちゃ嬉しい」
 ビニール越しに空を見上げる。視線を戻すと男は私の足元を気にしていた。
「ごめん、靴を濡らして」
「家に帰ればゴンちゃんいるし」
「またアイツ?」
「すぐ乾燥するよ。火と風を出してもらえば」
 男は不満そうだ。
「フフ、同じリュウなのに使う力が真反対なんて面白いね」
「……同じじゃないし」
 今年の六月は空梅雨だった。空から落ちて来た二匹のリュウを、私は保護している。


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