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健康マインド「心に残る言葉❗」桜田淳子「しあわせ芝居の舞台裏」
文芸ポスト』(2004年)の中島みゆき特集「しあわせ芝居の舞台裏」において、桜田淳子は、「(当時)ピカピカのアイドル路線で、私によせられる周りの期待は〝いつも笑顔〟のヒロインだった。でも私も泣いているんだ、考えているんだ……という思いをずっと心の片隅に持ち続けていた。(それが曲をもらい)タイトルにアッという感動が走り、テープから流れてくる中島さんの歌声で(中略)気がつくと譜面を手にしながらハラハラと泣いていた」「それ程、この歌は十九歳の乙女の心をくぎづけにしてならない強烈なインパクトを放っていた」と述べている。
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14歳でデビューした桜田淳子 19歳の時の「しあわせ芝居の舞台裏」はどんな情景だったのだろう❓
その後の彼女の生き方をみてると胸が痛くなります。
だれでも「しあわせ芝居」はしますが、彼女の場合は「天使も夢みる」で始まり「わたしの青い鳥」・「はじめての出来事」・「十七の夏」・「気まぐれヴィーナス」と続く過程でインタビューの(私も泣いているんだ、考えているんだ)という思いが湧きこの曲に出会いました。
この曲を乗り越えて 中島みゆき「追いかけてヨコハマ」「20才になれば」 「化粧」と続きます。
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1983年が最後のリリースになりますが、まだ25歳です。
その後女優として活動します。
1992年の合同結婚式で僕たちの桜田淳子は居なくなります。
僕たちは彼女の声に笑顔に励まされて、応援していただけ。
「しあわせ芝居の舞台裏」は見たくはありませんでした。
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