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取調べの録画制度:その目的と現状の問題点

最近、取調べ動画が公開されるというニュースを目にする機会が増えてきました。また、取調べの動画が裁判で証拠として提出されたという報道を耳にしたことがある方もいるでしょう。先日は取調べの映像の提出を最高裁判所が命じたという報道もありました。
しかし、なぜ取調べが録画されているのか、その理由をご存知の方は少ないのではないでしょうか。 今回は、この取調べの録画制度について詳しく解説していきたいと思います。

取調べ録画制度の始まりとその目的

取調べの録画に関する規定は、平成28年(2016年)の刑事訴訟法改正により新設された第301条の2に定められています。この制度が導入された背景には、いくつかの重要な目的がありました。

  1. 被疑者の供述の任意性の立証

  2. 取調べの適正な実施の確保

  3. より適正で円滑、迅速な刑事裁判の実現

つまり、取調べの様子を録画することで、被疑者が自由な意思で供述したことを証明し、同時に捜査機関による不適切な取調べを防止することを狙いとしています。これにより、刑事裁判全体の信頼性と効率性を高めることが期待されているのです。

録画が義務付けられる事件の範囲

しかし、すべての事件で取調べの録画が義務付けられているわけではありません。法律上、録画が必須とされているのは以下の2種類の事件に限られています。

  1. 裁判員裁判の対象となる重大事件

  2. 検察官の独自捜査案件

裁判員裁判の対象となる重大事件とは、殺人や強盗致死傷、放火など、一般市民が裁判員として裁判に参加する事件を指します。また、検察官の独自捜査案件とは、警察の捜査を経ずに検察官が直接捜査を行う事件のことです。

任意での録画ケース

上記の義務付けられた事件以外でも、捜査機関、特に検察官の判断で任意に取調べを録画するケースがあります。典型的なのは以下の2つのパターンです。

  1. 被疑者が容疑を否認している事件

  2. 多数の共犯者が関わっている事件(例:振り込め詐欺)

これらのケースでは、後の裁判で供述の信用性や共犯者間の供述の齟齬などが争点となる可能性が高いため、取調べの様子を記録しておくことが有用だと判断されるのです。つまり、もっぱら捜査機関が立証に資すると考えるために行うものであり、取調べを適正に行うことを目的として録画するわけではありません。

録画制度の問題点①:対象範囲の狭さ

しかし、この取調べ録画制度には大きく分けて2つの問題があります。1つ目は、録画が義務付けられている取調べの範囲が極めて狭いということです。
先ほど述べたように、録画制度の目的の一つは取調べの適正な実施を確保することです。しかし、実際に録画が義務付けられているのは、ごく一部の重大事件や特殊な案件に限られています。さらに、この制度は身体拘束下にある被疑者の取調べにのみ適用されます。つまり、在宅で行われる任意の取調べは、どんな重大な事件であっても録画の対象外なのです。
被疑者の人権を守り、供述を強要するような不適切な取調べを防ぐことは、身体拘束の有無に関わらず重要です。しかし、現状では任意の取調べの内容は完全なブラックボックスとなっています。録画されている取調べでさえ、時に被疑者の人格を攻撃するような言動が見られることを考えると、録画されていない任意の取調べでは、さらに問題のある取調べが行われている可能性は否定できないはずです。

録画制度の問題点②:事後検証の難しさ

2つ目の大きな問題は、録画された映像が取調べの適法性を事後的に検証する目的で使いにくい構造になっていることです。
これには、刑事訴訟法の「目的外使用禁止規定」が関係しています。この規定により、刑事裁判の手続きの中で検察官から開示された証拠は、その刑事裁判以外の目的で使用することができません。つまり、取調べの様子を録画した映像を、別の法的手続きで使用することが難しいのです。
例えば、警察官や検察官による違法な取調べがあったとして、国家賠償を求める民事裁判(国賠訴訟)を起こす場合を考えてみましょう。この国賠訴訟は、元の刑事裁判とは別の手続きです。そのため、たとえ刑事裁判の過程で取調べ映像の開示を受けていたとしても、その映像を国賠訴訟で証拠として使用することはできません。
国賠訴訟で取調べ映像を証拠として使用するためには、「文書提出命令」という別の手続きを経て、改めて国側から映像の提出を受ける必要があります。この手続きには数ヶ月もの時間がかかることがあります。すでに手元にある映像を再度開示してもらうために、何ヶ月も待たなければならないのです。先日大阪の事件で最高裁判所が提出を命じたとの報道がありましたが、こちらの事件も非常に長い時間がかかっています。これは明らかに非効率的で、取調べの適正さを検証するという制度の目的に反していると言えるでしょう。
この点について、実際に私が担当した「日本の黙秘権を問う訴訟」がどうなったかについてはこちらをお読み下さい。

まとめ:制度の改善に向けて

取調べの録画制度は、刑事司法制度の透明性と信頼性を高めるための重要な一歩でした。しかし、現状では対象となる事件の範囲が狭く、また録画された映像の使用に制限があるため、本来の目的を十分に果たしているとは言い難い状況です。
この問題を解決するためには、以下のような改善が必要だと考えられます:

  1. 録画の対象範囲を拡大し、より多くの取調べを記録する

  2. 任意の取調べも含め、すべての取調べを録画の対象とする

  3. 録画された映像の使用制限を緩和し、違法な取調べの事後検証を容易にする

これらの改善により、取調べの透明性が高まり、被疑者の人権がより確実に守られるようになるでしょう。同時に、捜査機関の適正な取調べ実施にも寄与し、刑事司法制度全体の信頼性向上につながると期待されます。
私たち市民も、この制度の重要性と現状の問題点を理解し、より良い制度への改善を求めていく必要があります。取調べの録画制度は、公正な司法を実現するための重要なツールの一つです。この制度がより効果的に機能するよう、継続的な議論と改善が望まれます。

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