知られざる証拠の取り扱い - 捜査から裁判まで
皆さん、こんにちは。弁護士の髙野です。 今回は、捜査機関が集めた証拠がどのように扱われているのかについてお話ししたいと思います。実は、この点について一般の方々はあまりご存じないのではないでしょうか。
捜査の本質 - 証拠集めのための手続き
まず、警察などの捜査機関による捜査とは、そもそも何のために行われるのでしょうか。法務省のウェブページによると、捜査は次のように定義されています。
「捜査とは、捜査機関が、犯罪があると思料するときに、公訴の提起及びその遂行のため、犯人及び証拠を発見、収集、保全する手続のこと」
つまり、捜査の本質は、刑事裁判を行うための証拠を集めることにあるのです。
捜査段階での証拠の秘匿性
捜査段階では、被疑者本人も、そしてその弁護士でさえ、捜査機関が集めた証拠を目にすることができません。捜査機関は「捜査上の秘密」という理由で、どんなに客観的な証拠であっても、見せることを拒否します。
警察官が取調べで「こういう証拠があったぞ」「〇〇さんはこう言っていたぞ」と被疑者に伝えることがあります。しかし、その証拠を実際に見せることはありません。そのような場合、警察官が言うような証拠があると考えて本当に良いのでしょうか。 私はこのような経験をしています。警察官は黙秘をしている私の依頼者に対し「家族はきちんと話して反省してほしいと言っていたぞ」と言ってきたことがありました。しかし、私はあらかじめ家族に、被疑者の黙秘権行使を支持するよう伝えていたのです。事情聴取後の報告でも、黙秘をやめてほしいなどとは絶対に言わなかった、と聞いていました。ここから言えことは一つ。取調べでの警察官の発言は必ずしも信用できるものではないということです。
なお、ごく稀に、起訴前に証拠を見せてもらえることもあります。私も過去に、検察官からドライブレコーダーの映像を見せてもらったことがあります。しかし、これは検察官が「被疑者の言っていることが事実ではないことを説得してほしい」という意図があったからです。
重要なのは、捜査段階で被疑者や弁護人が証拠を見る権利は存在しないということです。
裁判になっても自動で見ることが出来るのは検察官請求証拠のみ
では、裁判になれば状況は変わるのでしょうか?残念ながら、そう簡単ではありません。
裁判で自動的に開示されるのは、検察官が裁判で使いたいと考えた証拠、いわゆる「検察官請求証拠」のみです。つまり、被告人にとって最も不利な証拠だけが自動的に開示されるのです。これが現在の法律なのです。
弁護士が動かない限りそれ以上の証拠は開示されない
この状況を打開するためには、弁護士の積極的な行動が不可欠です。検察官請求証拠以外の証拠を開示させるためには、弁護士が動かなければなりません。待っていても、検察官請求証拠以外の証拠が開示されることはありません。
起訴された事実の内容を争う裁判で、最も不利な証拠しか見せてもらえずに闘うのは、両手を縛られてボクシングの試合に出るようなものです。勝ち目はほとんどありません。詳しくはこちらのnoteをお読み下さい。
証拠開示の限界
しかし、たとえ弁護士が積極的に動いたとしても、すべての証拠を漏れなく見られるわけではありません。法律には証拠開示に関するいくつもの要件が定められており、それを満たす一定範囲の証拠しか開示を受けることができません。
まとめ
以上のように、捜査から裁判に至るまでの証拠の扱いは、多くの人が想像するよりもずっと複雑で、被疑者・被告人にとって不利な面が多いのが現状です。この状況を踏まえると、刑事事件に巻き込まれた際には、できるだけ早い段階で経験豊富な弁護士に相談することが極めて重要です。弁護士は、限られた状況の中で最大限の証拠開示を求め、被疑者・被告人の権利を守るために尽力します。 また、一般の方々にもこのような刑事司法の実態を知っていただくことで、より公正で透明性の高い司法制度の実現に向けた議論が活発になることを期待しています。 皆さんも、もし身近な人が刑事事件に巻き込まれたら、この記事を思い出してください。そして、できるだけ早く弁護士に相談することをお勧めします。それが、最善の防御につながるのです。