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違法な取調べの実態に光をあてるために2:法廷での再生と裁判の公開原則

(この記事は、私が所属する法律事務所のコラムの内容を、手続の進展にあわせて修正したものです。)

 最近、検察官を含む捜査機関によって違法な取り調べが行われていることが注目を浴びています。しかし、普段から取り調べの映像記録を目にする機会の多い弁護士からすれば、このような取り調べが決して珍しいものではありません。表に出てきているものはあくまで氷山の一角なのです。違法な取り調べを根絶するためには、このような実態を一人でも多くの国民の方に知ってもらう必要があります。
 この記事は、一つ前の「違法な取調べの実態に光をあてるために1」の続きです。私達は違法な取り調べの実態を広く知らしめるために、裁判所で取り調べの映像すべてを再生するよう、裁判所に求めてきました。今回はその顛末の報告になります。

裁判所で取調べ映像を再生することに対する国側の猛反対

 誰でも傍聴が可能な公開の法廷で取調べ映像を再生することについて、国は猛反対してきました。弁論準備手続という、非公開の手続きの中で取り調べれば十分だと主張してきたのです。その理由として、国側は「公開法廷で再生すれば、傍聴人が秘密裏に撮影したり録音したりして、インターネット上に流布する危険がある」などと主張しました。傍聴に来ている国民は決められたルールを守らないと言うのです。国民を馬鹿にした主張であるとともに、検察官が違法な取り調べをしている姿を絶対に国民に見せないという強い意思を感じました。

裁判所が示した判断記述

 国が猛反対してくることは予想の範囲でした。しかし予想外であり、かつ極めて残念だったのは、裁判所もまた公開法廷で再生することについて消極的だったことでした。裁判官は「公開法廷で再生するかについては『争点の審理、判断に必要かどうか』という観点で判断するのが相当と考えている。裁判官はすでに映像を見ているが、これに加えて法廷で再生する必要性は現時点では感じていない。」と述べたのです。

裁判の公開原則の趣旨を貫くためには公開法廷での再生が必要不可欠

 私達は裁判所の示した判断基準は、憲法で定められた裁判の公開原則の趣旨に反するものだと考えています。裁判の公開原則の趣旨の一つは、裁判を国民の監視の下におき、公正な運用を確保することにあります。これは最高裁判所が大法廷判決(最大判平成元年3月8日。レペタ訴訟)で示したものです。
 国民がその裁判が公正に運用されているかを判断できるためには、判決文だけが公開されたのでは足りません。どのような証拠が取り調べられているのか、証拠の内容が明らかとならなければ、裁判が公正に運用された結果なされた判決なのかを判断することなどできません。

証拠調べをしている裁判官の姿を見せて初めて裁判に対する国民の信頼が得られるのではないか?

 それだけではありません。裁判が適切に運営されるためには、国民が裁判を、裁判官を信頼していることが不可欠です。どのような証拠を取り調べているのかを明らかにせず、どのように証拠を見ているのかその姿も明らかにしない裁判所など、どうやって信頼すればよいのでしょうか。今回証拠となっている映像は2時間を超えます。裁判官は本当にすべての映像を見たのか。10分ごとに細かく切って見ただけではないのか。倍速で再生しただけではないのか。このような疑念は、公開法廷で等速で再生され、それを見て聞いている裁判官の姿を傍聴人が確認することでしか払拭されません。

顛末

 残念ながら、令和5年10月5日、東京地方裁判所は映像すべてを公開法廷で再生することは認めないと判断しました。この判断は誤っていると思います。
 その後、原告本人の尋問の中で、約13分ほどに限り、映像を流しました。私達は、この取り調べ映像がこのまま多くの国民の方々の目に触れることなく闇に葬られるような結末は決して認めません。そこで、映像を公開することにしたのです(映像はこちら)。

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