見出し画像

本当に効果はあるのか?日本版DBSとその問題点

日本版DBSの成立

(この記事は、私が所属する法律事務所のコラムの内容を加筆・修正したものです。)
2024年6月19日、子供に接する仕事に就く人に、性犯罪歴がないかを確認する制度、いわゆる「日本版DBSその」を導入するための法律(学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律)が成立しました。 2026年度をめどに施工されることになります。
前提として、子どもに対する性犯罪は決して許されるものではなく、これを防ぐための仕組みが必要であることは間違いありません。しかし、日本版DBSに問題がないわけではありません。

そもそも「DBS」とは?

DBS(Disclosure and Barring Service)とは、犯罪証明管理及び発行システムのことで、性犯罪履歴のある人が子どもに関わる仕事に就くことのないようにし、子どもを性犯罪から守るための仕組みです。この制度のもとでは、子どもに関わる職種で働くことを希望する人は、DBSから発行される無犯罪証明が必要となります。イギリスで2012年から開始されており、現在ではドイツやスウェーデンなどでも同様の制度があるようです。

日本版DBSの仕組み

雇用する人に性犯罪履歴がないかについて、学校や認定こども園、保育所など一定の事業者については、確認が義務付けられます。雇用対象者の同意を得たうえで、事業者が申請し、事業者が回答を受け取ることとなっています。もちろん、犯罪歴は極めてプライバシー性が高い内容ですから、事業者は受け取った情報を管理する体制を整える必要があります。

確認対象となる性犯罪履歴の範囲と確認可能な期間及び効果

確認対象となる性犯罪履歴は「裁判所の認定を経て、有罪判決が確定した」もの、つまり「前科」に限定されています。不同意わいせつ罪などの刑法犯だけでなく、痴漢など都道府県が定める条例違反も確認対象に含まれます。 一方、検察官が不起訴とした事件については対象からは外れています。これは、裁判所の事実認定を経ておらず、事実認定の正確性を担保する制度的保障がないためとされています。 事業者が性犯罪履歴を確認できる期間は、禁固刑以上(2025年からは拘禁刑に統一)については刑期終了から20年間、罰金刑以下は刑期終了から10年間とされています。 性犯罪履歴が確認された場合、事業者は子どもと関わらない部署への配置転換などを求めることになります。さらにこのような対策が不可能な場合には解雇も許されるとすることになるようです。

日本版DBSの問題点

  1. 現在すでに働いている人も対象になること

    1. まず1つ目は、現在すでに働いている人も照会の対象となることです。これは法の不遡及の原則に反します。日本でも刑罰法規不遡及の原則が採用されており、憲法39条前段は「何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。」と定めています。

    2. たしかに、日本版DBSは刑事上の責任を問うものではありません。しかし、配置換えを求められたり、場合によっては解雇もされ得るというのは極めて大きな不利益です。人は行為時の法令を前提に、それでも罪を犯すか、罪を犯した時に課される不利益を許容するかを判断して行動に移します。事後的に定められた制度で不利益を課されることは想定していないのです。

  2. これにより防ぐことができるのはごく一部に過ぎない

    1. 履歴確認対象となる人、すなわち「前科」がある人が再び性犯罪を起こすのはごく一部です。子どもに対する性犯罪の多くは「初犯」、すなわち、前科がなく日本版DBSの確認対象外の人によるものなのです。 「性犯罪で●回目の再逮捕」のような報道を目にすることがあります。これは最初の逮捕の時点ですでに犯していた罪が後に発覚して逮捕されたということです。つまり「前科」がある人とは限らないのです。前科がなければ、この人はDBSの対象ではありません。DBSによって配置転換を求めることができる人ではないのです。

  3. 防止措置の対象となる「おそれ」の認定基準が不明確

    1. この性犯罪歴の確認結果「など」をふまえ、児童らに性暴力をおこなう「おそれ」があると認めるときは、教員等として本来の業務に従事させないことその他児童対象性暴力等を防止するために必要な措置を講じねばならないとする(6条、20条)。

    2. と定められています。つまり、性犯罪歴がなくとも性暴力をおこなう「おそれ」があると判断されてしまえば「措置」の対象となることになります。運用の仕組み次第では、特定の個人を意図的に排除するために悪用されかねません。

刑事手続の中で「不起訴処分」を得ることの重要性

人には更生する権利があります。例えば、一度過ちを犯したけれども、深く反省し、15年間真面目に働いていた人を解雇するというのは、果たして社会全体のためになると言えるのでしょうか。
とはいえ、制度として成立した以上、改正されない限りはこれを踏まえて行動しなければなりません。
日本版DBSによる確認対象は「裁判所で有罪判決が確定した前科」に限定されます。つまり、示談交渉の結果や、否認や黙秘をしていた結果「不起訴処分」となった場合は、照会の対象にはなりません。一部の性犯罪、例えば電車内での痴漢の事件で逮捕されてしまったような場合、本当はやっていないのに、身体拘束が長期化するのを回避するために罪を認めようとする人がいます。この種の事件で接見にいくと、このようにお話しされる方は少なくありません。
しかし、これからは本当にその方法を選択してよいのか、慎重に考えなければなりません。認めてしまった場合、不起訴処分となる可能性があるのは、基本的には示談ができた場合に限られるでしょう。しかし罪を認めたとしても被害者が示談してくれるかどうかはまったくわかりません。示談してもらうことができず、例えば罰金刑となってしまえば、日本版DBSにより10年間照会の対象になってしまうのです。
現時点で教職に就く予定のない人でも他人事ではありません。将来教職に就きたいと思うかもしれませんし、今後の改正によってDBSの対象となる仕事が広がってしまうかもしれないからです。
経験十分な弁護士のアドバイスを受け適切な対応を取っていれば、嫌疑不十分によって不起訴処分となった可能性もあります。そうすれば照会対象となることもないのです。性犯罪については、これからは今まで以上に、弁護士から適切な助言を受け、行動を決定していくことが重要になっていきます。

いいなと思ったら応援しよう!