あなたの知らない和解交渉の舞台裏:痴漢事件を例に
こんにちは、弁護士の髙野です。 今回は刑事弁護活動の中でも特に重要な和解交渉について、私自身がどのような流れで被害者と交渉を行っているかをお話ししたいと思います。
事案の設定
具体的なイメージを持っていただくために、ある事件を設定してお話を進めていきましょう。
依頼者は電車内で痴漢をしたとして逮捕されました。実際に目の前にいた女性のお尻を意図的に触ってしまったことは間違いありませんでした。満員電車内で偶然見つけた相手に対する行為だったため、被害者とは面識がありません。依頼者は逮捕の翌日に検察庁に行き、勾留請求されずに釈放されました。このあたりの詳しい流れはこちらのnoteをお読み下さい。
その後、インターネットで調べて弁護士である私のもとに相談に来たという設定です。
和解の成立によって不起訴を求めていく
さて、このような痴漢事件の場合、弁護活動として目指すゴールは不起訴処分(起訴猶予)となり、依頼者に前科がつかないようにすることです。そのためには、被害者との和解を成立させることが最も重要な活動となります。和解交渉は、被疑者・被告人の方にとって非常に重要な意味を持ちます。特に、事実関係に争いのない事件の場合、和解が成立することで不起訴処分(起訴猶予)となり、前科がつかないようにすることができる可能性が高まります。
被害者の連絡先の入手
しかし、ここで大きな障害があります。それは、被害者の連絡先がわからないことです。痴漢事件の場合、依頼者は被害者とは面識がないことがほとんどで、連絡先はもちろん、氏名すら知らないことが通常です。弁護士である私たちは、このような状況の中で被害者と和解のための話し合いをしていかなければなりません。
まず最初にしなければならないのは、被害者の連絡先の入手です。弁護士であっても、担当する事件の被害者の連絡先等を自動的に入手できるわけではありません。私たち弁護士から動かなければ何も始まりません。
依頼を受けた弁護士はまず、検察官に連絡を取ります。そして「被害者と和解の交渉をしたいので、弁護士にだけ連絡先を教えてもらえないか、被害者にその意向を確認してもらいたい。」と依頼します。検察官はこの要望に応じる義務はありませんが、被害者が適切な賠償を受ける機会を得ることには反対しないので、通常は問題なく応じてくれます。
なお、逮捕されていない在宅の事件の場合、検察庁に送致されるまでには相当の時間がかかります。そのため、送致前に警察官を通じて被害者の意向を確認してもらおうと試みることがありますが、警察官は「そういうことはやっていない。送致されてから検察官にしてくれ。」などと断ることが多いです。これは被疑者はもちろん、被害者にとっても決して良いことではないと私は考えています。
弁護士から被害者への電話
検察官が被害者に意向を確認し、被害者が弁護士にであれば連絡先を教えて構わないと言ってくれた場合、検察官から弁護士事務所に連絡があり、被害者の連絡先を教えてくれます。そして、私から被害者に電話をかけることになります。
話し合う場所と日時の調整
電話では、被害者と直接会って話をさせていただきたいと伝え、面談の場所と日程を調整します。私は被害者がとても遠方に住んでいるとか、土日を含めても日程が合わないといった特別な理由がない限り、一度は直接被害者と会うようにしています。古いと言われればそれまでですが、やはり電話で声だけで話すよりは、直接会って顔を合わせて話したほうが、誤解を生むことなくきちんとしたコミュニケーションが取れると感じているからです。
ただ、特に痴漢のような性犯罪の被害者の場合、弁護士とはいえ初対面の男性に会うことに一定の緊張をしていることが多いです。そのため、事務所に呼ぶようなことはせず、最寄り駅等被害者の希望する場所にあるファミレスや喫茶店を話し合いの場として選ぶことが多いです。
当日の話し合いの流れ
当日の話し合いの流れは、被害者の方次第なところが大きいですが、私の場合、被疑者が謝罪の気持ちを持っていることを伝え、あらかじめ受け取っていた謝罪文をお渡しすることから始めることが多いです。
次に被疑者が現在置かれている状況と、和解に応じてもらえるかどうかで何が変わるのかを説明します。特に、不起訴になる可能性がある事件の場合、被害者に対して必ず「和解すれば不起訴となり前科がつかなくなる可能性が高い。」ということを説明しています。この点を曖昧にして和解をまとめたとしても、後に必ずトラブルとなり、結局は依頼者のためにならないからです。
金額面等の条件と、和解の結果不起訴となることに納得してもらえたら、用意していた合意書に署名をしてもらいます。署名してもらう前に一言一句読み上げ、わからないところがないかを確認していきます。合意書の作成が終わり次第、賠償金をお渡しし、この日の手続きは終了となります。
検察官に不起訴処分を求めていく
その後、合意書のコピーと、不起訴を求める意見書を検察官に提出することになります。検察官が正式に不起訴処分にするにはしばらく時間がかかるので、この後は定期的に検察官に状況を確認する電話を入れていくことになります。
和解交渉には弁護士の存在が必須
最後に強調しておきたいのは、被害者の連絡先を教えてもらえるのは弁護士だけだということです。和解の成立による不起訴を目指すのであれば、弁護士を依頼しなければならないことになります。
まとめ
以上が、私が実際に行っている示談交渉の流れです。示談交渉は単に謝罪して金銭を支払えば良いというものではありません。被害者の気持ちを理解し、適切なコミュニケーションを取りながら、同時に依頼者の利益も守るという難しい作業です。このような繊細な交渉を行うためにも、経験豊富な弁護士に相談することをお勧めします。
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