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黙秘権が実質的に保障された社会を実現するための「取調べ拒否」

こんにちは、弁護士の髙野です。
先日、日本の刑事手続において取調べ拒否権の実現を目指す団体が設立されたとの報道があったのをお墓ていますでしょうか。これは日本の刑事司法制度において非常に重要な動きです。今回は、取調べ受忍義務なるものと、黙秘権の真の保障としての取調べ拒否権について詳しくお話ししたいと思います。

取調べ受忍義務とは

ドラマなどで、逮捕された人は取調べ室に連れて行かれ、警察官から取り調べを受けている場面を見ると思います。日本の刑事実務では、逮捕・勾留され身体拘束されている被疑者は、捜査機関からの取り調べを受けなければならないとされています。たとえ、黙秘権を行使することを決めており、取調べで一言も話さないつもりであったとしても、生活している留置場を出され、取調室に行き、警察官や検察官の質問を聞かなければならないと考えられているのです。これが「取調べ受忍義務」と呼ばれるものです。

取調べ受忍義務なるものを、判例は本当に認めているのか

この取調べ受忍義務は、実務上、最高裁判所の判例で認められたと考えられています。

身体の拘束を受けている被疑者に取調べのために出頭し、滞留する義務があると解することが、直ちに被疑者からその意思に反して供述することを拒否する自由を奪うことを意味するものでないことは明らかである   

最高裁平成11年3月24日大法廷判決・民集53巻3号514頁

しかし、この判例が本当に取調べ受忍義務を認めたものと言えるのでしょうか。この点については、私も代理人の一人を務めている「日本の黙秘権を問う訴訟」で現在も争っているところです。
まず、そもそもこの最高裁判決が出た訴訟の争点は取調べ受忍義務の有無ではありませんでした。全く別の点が問題になった訴訟で、付随的に上のように述べられたものに過ぎません。 また、この訴訟での被疑者は黙秘権を行使しておらず、一貫して黙秘権を行使した「日本の黙秘権を問う訴訟」とは全く事情が異なります。 詳しくは私達が裁判所に提出した書面を御覧ください。こちらのリンクからお読みいただけます。

この最高裁判決がなされた当時、取調べの録音録画制度は存在しませんでした。つまり、警察官や検察官がどのような取調べをしているのか、裁判官は直接目にすることができない状態でなされた判決なのです。そのため、最高裁は取調べを受ける義務を課しても、その意思に反して供述する自由を奪うことにはならないなどと考えました。取調べが完全なインタビューであるという幻想をもとに判断したのです。

取調べ受忍義務は構造的に供述の強要を招くことになる

取調べ受忍義務が認められていると考えると、何が問題なのでしょうか。結論から言えば、問題は必然的に黙秘権を侵害する違法な取調べが誘発されることになるという点にあります。これまで裁判所は、黙秘権を侵害する(すなわち被疑者に供述を強要する)違法な言動と、被疑者に供述するよう「説得」する行為は区別できるものと考えてきました。そして区別できる以上、義務を課されたうえでの取調べでは、説得は許されるとしてきたのです。
しかし、取調べ受忍義務を認め、黙秘している人に対する取調べを許せばどうなるかは、私たちが公開した取調べ動画を見れば明らかです。

黙秘している人に対して取調べを受けさせれば、必ず不可分に供述の強要が行われ、黙秘権が侵害される違法な取調べが行われます。このことは昨今問題となっている検察官の取調べにおける言動を見れば明らかです。

黙秘権を実質的に保障するための取調べ拒否

このことから、憲法で定められた黙秘権が実質的の保障されていると言えるためには取調べ自体が拒否できることが重要なのです。そのための具体的な活動方法は、冒頭でお話した取調べ拒否権の実現を目指す団体である「RAIS」のウェブサイトに詳しく書かれています。弁護士がそれを実現するための書面の雛形まで置いてあります。

このページは弁護士向けかもしれませんが、それ以外の一般の人にも無関係ではありません。この弁護活動は現状、刑事弁護に熱心に取り組んでいる一部の弁護士にしか理解されていません。つまり、あなたやあなたの家族の弁護士は、もしかしたらこの弁護活動を知らないかもしれないのです。そうだとすれば、黙秘権行使の最重要の方法を知らないまま、取調べにさらされ、不利な供述をし、起訴され有罪になってしまうリスクを負っているということなのです。一般の方もこのことを知り、自身の弁護士にこの方法を取らないのか聞いてみることも重要なのです。

依頼者にしがみついてでも部屋から出ない無理を求めるものではない

私は、この活動は、弁護士が依頼者に対してしがみついてでも部屋から出ないことまで求めるものではないと思っています。残念ながら弁護士がこの活動をし捜査機関に書面を送っても、すべての事件で直ちに取調べが行われなくなるわけではありません。しかし、たとえ取調べがゼロにはならなくとも、回数は減るかもしれません。そのような活動をする弁護士が就いている被疑者を取調べる際、警察官には一定の心理的ブレーキがかかり、違法な言動がされにくくなるということもあるでしょう。そこまで無理をせずとも、弁護士が上記ウェブサイトにある書面を出すだけで、取調べが行われなくなったというケースもあったと聞きます。一つ一つの事件でこのような活動を繰り返していくことが、真に黙秘権が保障され、誤った供述をしたことによる冤罪が生まれにくい社会を実現することにつながります。

まとめ

取調べ受忍義務の問題点を理解し、黙秘権を真に保障するための「取調べ拒否」という弁護活動の重要性を認識することが、より公正な刑事司法制度の実現への第一歩となるのです。私たち一人一人が、この問題に関心を持ち、必要に応じて自らの権利を守るための行動を起こすことが、社会全体の利益につながるのです。

取調べを拒否して黙秘権を行使する被疑者は逮捕勾留され、保釈も認められないという「人質司法」をもたらした。そして、取調受忍義務は、連日長時間の取調べを可能とし、それに耐えられない被疑者による虚偽自白をもたらし、冤罪を生み出す装置となった。取調受忍義務こそ、この国の刑事司法の宿痾とも言うべき人質司法と冤罪の根本的原因なのである。  

RAISウェブサイトより

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